人はいかにして逆ピラミッドの境地へと達するのか。記憶の中のトーストマスターズの出来事をたどり、現在そして明日への指標を探る、ささやかな独白です(H2O, DTM)。


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カテゴリ:1997年( 14 )

また会う日まで

前回に続く第182回例会は、貴重な外国人会員レイサイド氏のお別れ会となった。前回が旧友再会なら今回はまた会う日までということで、奇遇というほかはない。プログラムに「○○さんお別れミーティング」などと銘打たれていたのは、私が入会してからは初めてのことだった。この会はゲストがまた多く、ブレックファストの清水氏も駆けつけて来られた。またレイサイド氏の奥様も参加されていた。

レイサイド氏は某KO大学の講師で、当時は目黒の柿の木坂に住んでいた。自転車好きで都内の移動はほとんど自転車。江戸の例会にも自転車で来ていた。その冷静で落ち着きのある佇まいと、時折見せるユーモアこそはまさに英国人という感じがした。今回の退会理由は留学で単身渡欧するからということだった。

例会でのテーブルトピックはレイサイド氏に関することをテーマとし、またレイサイド氏のお別れスピーチには3名の論評者を割り当てた。スピーチは「カリッサ」という英国文学に関することで、独自の考察を述べられていた。基本#9知識を持って話せでのものだった。

留学期間は1年ということで、それが終わればまた日本に戻ってくるとのことだったので、その時はまた江戸に来てくれるものと思っていた。実際に再会したのは数年後のJTC役員研修会の席でのことで、ブレックファストの教育担当とのことだった。
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by inv-pyramid | 2006-12-10 00:19 | 1997年

旧友再会

2月4日の第181回江戸例会は、同窓会の雰囲気を帯びていた。なぜなら、江戸創生期のメンバーで現在は香港在住のタン氏が仕事の関係で来日し、江戸例会に参加されたからである。タン氏がゲスト参加されるということで、その当時の江戸OBにも召集がかかったらしく、2代目会長の飯牟礼氏やラズロ氏、高氏や、はまの田中夫妻などの古参会員が千駄ヶ谷に集合した。

タン氏は「香港について」という題でゲストスピーチもされ、この年の7月に中国への返還が迫っていた香港の最新事情について、早口でまくし立てた。私はタン氏とは面識がなかったが、古参会員の方々と交わることで、昔の江戸クラブの雰囲気を感じ取ることができた。

ラズロ氏とは私がTMに参加するきっかけともなったSPEAK!での活動以来の再会で、相変わらず何をやっているのかわからない感があった。初対面の頃は自称美術家とのことで、私も何度か彼の実像に迫ろうと彼の故郷ハンガリーまで足を伸ばしたこともあったが、結局何もわからなかった。彼がISSHOというプロジェクトを新たに立ち上げ、新宿で芝居上演をした時も手伝いに参加したこともある。しかしその運営を巡っては、内部で対立もあったりと色々と問題を抱えていたりもした。久しぶりの再会ではそんな過去の感傷は湧いてこなかった。彼が唱え続けていた、「日本語を母語としない外国人が日本語でコミュニケーションを取る」という理念には共感している。現在のラズロ夫妻の活躍ぶりは衆知の通りである。

2次会は当然の盛り上がりとなった。江戸のように創立期と現在の活動との間に断絶があるクラブでは、時折訪れるOBとの懇談で当時の事情を伺い知ることは重要なことである。私も可能な限り追跡して行きたいと思っている。
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by inv-pyramid | 2006-12-03 10:01 | 1997年

端境期

1997年という年はある意味、端境期のような年であった。ちょうど前年までの女性会員ラッシュの時期から落ち着いて、翌年からの非会社員系の人たちを中心としたメンバー構成になる時期の間という意味で。この頃の江戸クラブは割りと常識人の集まりであったように思う。

1月には田辺会長の学友である池田氏の加入がまずあった。池田氏はこれ以降の江戸クラブには欠かせない人材となる方で、画家という職業柄か入会時から異彩を放っていた。同時期に入会された尾崎氏も双子の姉妹がいたり山が趣味であったりとユニークな方だった。

1月2回目の例会ではブレックファストクラブの清水氏が友人の藤野氏を伴って参加された。清水氏は例会の間中トーストマスターズという言葉は一言も発しなかったので、最初はブレックファストクラブというのがトーストマスターズだとは思いも寄らず、その頃流行っていた朝食会の一つかと思っていた。私は2次会で思わず「ブレックファストってTMなんですか」と的外れな質問をしていた。もちろんブレックファストはれっきとしたTMで、その頃は日本で唯一朝例会を行っている英語クラブだった。最近の秋季大会英語の部で講演されたバーンサイド氏もブレックファストのメンバーである。レイサイド氏がブレックファストのメンバーでもあったので、江戸クラブに来られたようであった。藤野氏は後に江戸へ入会された。
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by inv-pyramid | 2006-11-29 00:40 | 1997年

1997年、消費税5%時代の到来と共に...

1997年はあの酒鬼薔薇事件のあった年である。この頃からだろうか、少年犯罪が顕著になり始めた年は。少年法がクローズアップされ、類似の事件も多発し始めた。一方で消費税が3%から5%にアップし、山一證券が倒産したのもこの年である。世紀末という言葉が走り始め、暗い世相を背景にトーストマスターズの活動も続けなければならなかった。

江戸クラブはといえば、しばらくはメンバー構成、例会プログラム等、膠着状態が続いていたが、1月末からまたゲストが増え始め、毎回5、6人のゲスト参加があった。女性会員は減少し、代わって男性会社員の姿が目立ち始めた。TMの年度代わりからは明らかなメンバー構成の変化が訪れ、会の雰囲気もまた変わり始めた。

個人的には新年度から会計を担当し、TMのシステムが見え始めた年であった。
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by inv-pyramid | 2006-11-26 21:06 | 1997年