人はいかにして逆ピラミッドの境地へと達するのか。記憶の中のトーストマスターズの出来事をたどり、現在そして明日への指標を探る、ささやかな独白です(H2O, DTM)。


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カテゴリ:2000年後半( 60 )

[D76P編] 秋季大会前の波紋

11月26日(日)、代々木のオリンピックセンターで、ディストリクト76Pとして初めての秋季大会が開催された。現在の様なコンテストと評議会を併設した形ではなく、役員研修と評議会のみの大会であった。プログラムは3つに分かれており、午前中がクラブ設立及び活性化の研修、午後が役員研修、そして半期総会。ディストリクトの役員は更にその前に役員会があり、9時から17時まで缶詰状態であった。

役員会ではちょっとした波紋があった。稲垣DGからLGETの佐々木氏が辞任されたとの報告がなされたのである。事前に何の情報も掴んでいなかったので、これは寝耳に水であった。辞任の理由については特に明らかにされなかったので真相は不明である。後任には福岡の今村氏が就任予定とのことであった。役員に空席が生じた場合は、次の半期総会までに決めておく必要があった。LGETの人事などは容易ではないと思うが、今村氏という選択は妥当なのものに思えた。

稲垣DGからの議題は、「ハイパフォーマンスプラン」と銘打たれ、ディストリクトの強化策について論じられた。特にクラブ数については、年度内で43~50クラブ程度という数字が示された。この時点で年度内にチャーターしていたのは座間アーティキュレイターズのみで、" Provisional Club " として、鶴ヶ島、鎌倉、Leadership と、徳島、京都が続いていた。ちなみにこの頃は設立申請中クラブを " Provisional Club "、申請準備段階のクラブを " Prospects Club "と区分していた。当時発起人から準備中の打診のあったクラブとして、筑波バイリンガル、日産、虎ノ門、宝塚、浜松、春日井英語、所沢、岐阜という名称が上がっていた。この中のいくつかは実行に移されて現在に至っている。

またディストリクトになって、年度内にCTM何人達成というノルマも課せられたため、CTM受賞キャンペーンとして、基本マニュアルの#7、8、9を終えた会員にリボンを贈呈することが決まった。
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by inv-pyramid | 2010-05-23 19:47 | 2000年後半

[D76P編] 第2回ディビジョンA評議会

11月23日(木)勤労感謝の日の午前中、神保町で第2回ディビジョンA評議会が行なわれた。参加者は大嶋TDAG、ソーリー、松崎、私の各AGで、岡本、稲継氏は欠席。内容は各エリアの報告と、これまでに行なわれた行事の報告が主であった。各エリアの報告の中で、ディビジョンA内で設立された3つのクラブ、鶴ヶ島、鎌倉、Leadership に関する進捗状況の報告が行なわれた。この中で抜きん出ていたのは鎌倉で、鶴ヶ島は会員数が10名という状況であった。Leadership はその中間でまずまずといった所であった。

ディビジョンA内でこの間に行なわれた行事は、キーフォース運営によるディベートワークショップと、横浜と武蔵が運営した論評ワークショップ及びコンテストのみであった。新年度が始まってまだ4ヶ月が経過したばかりなので、それほどの進展はなかった。

最後の議題が注目すべきものであった。大嶋T氏は2002年の春季大会を海外のTMで行なわれているスタイル、つまり複数のコンテストやワークショップを同時進行で並行して行なうスタイルでの年次大会をディストリクト76Pでも行ないたい意向であり、既にその準備に入られていた。その構想をこの席で述べられた。2002年の大阪春季大会へ向けての前触れであった。実行委員長は大嶋T氏で、この段階での他のメンバーとしてはソーリー、山中、今村、小林S、岡崎、フィッシャー、渡辺、石川、梅本、キルパラニの各氏と私。運営クラブにはイースト神戸の名前が挙がっていた。もっともまだ開催2年前の話であり、陣容はこの後多少入れ替わることになる。私には日本語関連行事のサポートを求められていた。

まだ2001年の全日本スピーチコンテストの準備の最中だったので先の話にしか思えなかったが、2年前から準備するというのは、当時としては少し先を読んだ行為だったと思う。
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by inv-pyramid | 2010-05-23 19:16 | 2000年後半

[江戸編] 兆し

11月21日の第259回例会ではゲストの参加が3名あり、その中に後の江戸クラブの中核をなす冨田氏や辻川氏の姿もあった。辻川氏は別にディベートの会に参加しているらしく、このディベートつながりで何人かが後に入会された。今夜のディベートを定期的に開催していた関係で、この頃の江戸はディベートの勉強ができる会という認識が一部で持たれていたフシがあった。とはいえ何にせよ、入会に繋がって行くゲストの参加は、長い低迷期から抜け出す兆しが見えてきたと言ってもよかった。
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by inv-pyramid | 2010-05-23 18:31 | 2000年後半

[武蔵編] 煙が目にしみる

11月19日(日)は、武蔵では最早恒例となりつつあった秋のバーベキュー会を行う予定であった。会員一同そのつもりでいたが、会場提供者の高橋M氏の好意により、落ち葉焚き会に変更となった。高橋M氏の幼稚園では11月の恒例行事で例年焼き芋会を行っているとのことで、そのおすそ分け的な感じであった。
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ダイオキシン問題で都市部ではすっかり見かけなくなった焚き火や落ち葉焚きだが、この頃がそれが取りざたされる直前の頃だと思う。高橋M氏の幼稚園の裏山が雑木林で、落ち葉焚き用に枯葉を集めてあるとのことであった。芋も豊富にあり、秋晴れの園庭の真ん中で、その落ち葉を燃やして芋を焼いた。場所が広く、ちまちまと燃やす必要がないので、風に舞う灰の始末に追われた。さらにサービス精神旺盛な高橋M氏は豚汁を用意されており、焼き芋と豚汁で暖まった。
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by inv-pyramid | 2010-05-20 15:30 | 2000年後半

[鎌倉編] 古都鎌倉でのクラブ立ち上げ

Leadership クラブの第1回例会から1週間後の11月18日(土)14時より、鎌倉商工会議所で鎌倉クラブの第1回例会が行なわれた。発起人は湘南の岡本氏や松見氏ら、湘南クラブの有志の方々であった。鎌倉クラブの立ち上げについては、9月23日に行なわれたディストリクトの役員研修会で、岡本氏が新クラブ立ち上げのモデルケースとしてその経緯を発表されていた。全く同時期にクラブ立ち上げの準備に勤しんでいた私としては、大いに触発される内容であった。スポンサークラブは湘南ではなく東京フェニックスとのことで、P藤山氏と大町氏がメンターに名を連ねていた。従って第1回例会の役割配分も東京フェニックスのメンバーが中心であった。
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当日は13時30分開場。鎌倉散策には程よい日和で、鎌倉駅から緩い坂を上る感じで商工会議所へ向かった。岡本氏が会議所の外で、参加者を会場内へ誘導されていた。中は既に大勢の参加者で埋まっており、まるでコンテスト会場の様な雰囲気であった。岡本氏に聞いた話では、地元新聞社に何十回と足を運び、例会の案内記事が掲載されたとのことであった。

会長は松見氏とのことで、松見氏がまず開会の挨拶。続いて大町氏が祝辞を述べ、司会の川村氏へと繋げた。神奈川のクラブは大体同じやり方なのだろうか、ここでも GRAHCO が採用されていた。Joke は花田氏。次のテーブルトピックスは滝本氏。
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スピーチは堀氏とキルパラニ氏。堀氏は上級の笑わせるスピーチ、キルパラニ氏は何とアイスブレーカーで、第1回例会ということならアイスブレーカーの方が先なのではないか、と心の中で思いながら二人のスピーチを聴いていた。
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休憩後の論評は、総合論評が田園都市の岡崎氏、個人論評が鎌倉では教育担当の貞安氏と、田園都市の富田氏。デモ例会の部分は表彰まで含めて90分で、その後日本語による入会説明が行なわれた。この後目にした光景は今でも忘れられない。入会金4000円、会費半年7200円で、合わせて1万円をこの場で支払えば新会員キットを渡すという説明がされた瞬間、受付の真後ろに座られていた女性がすかさず財布から1万円を引き抜き、キットを受け取られたのである。何かの即売会と間違えられそうだが、需要と供給の思惑が一致すればこの様なことも有り得るということだろう。これは新クラブ立ち上げのエピソードとして後々までの語り草となった。

鎌倉クラブは当初は月1回開催ということであったが、広報が良かったのか、順調に会員を集めて僅か3ヶ月でチャーターを果たした。同じ頃、古都京都でもクラブ立ち上げが始まろうとしていた。世紀の変わり目に2つの古都でクラブが立ち上げられ、同じように短期でのチャーターを果たしたのは何かの因縁だろうか。

余談だが、私はこの日キルパラニ氏と途中まで一緒に帰り、帰りの電車の中で新クラブ立ち上げの話をしていた。キルパラニ氏にクラブ立ち上げの考えはあるかと尋ねた所、地元の目黒区ではいつかやってみたいとのことであった。中目黒スクエアという会場があることをこの時教えて頂いた。この時の話にヒントを得て私が中目黒でやまのてクラブを始めたのが1年後のことであった。
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by inv-pyramid | 2010-05-16 23:50 | 2000年後半

[Leader-ship編] あなたも船に乗りませんか?

11月11日(土)10時より、東京都生涯学習センターで、Leadership クラブの第1回例会が行なわれた。当初の予定通り、約2ヶ月の準備期間を経ての開催であった。なお、このブログの記事においては、クラブ名が一般の「リーダーシップ」と紛らわしいので、クラブ名に触れる場合は英文としておく。

さて、第1回例会への準備として、今日のトーストマスターを誰が担当し、プログラムの作成と役割調整をどうするかという問題が残っていたが、小林S氏のご指名により私が行なうことになった。スピーチについては既に稲垣氏が厚木座間の小川氏と田園都市のフィッシャー氏に依頼済みだったので、私の方で残りの役割ができる方を探した。第1回例会でメンバーとして参加するのは、私と稲垣氏、小林S氏、ソーリー氏だったが、これだけでは十分とは言えないので、当時の私の少ないつてを頼って、大嶋T氏と東京の青山氏、ギブソン氏に協力を仰いだ。

各スピーカーへの連絡は稲垣氏から連絡先を教えて頂き、私の方で連絡を取った。小川氏は夫妻で厚木座間へ参加されており、今回のスピーチは奥様の方へ依頼されていた。フィッシャー氏は私が以前田園都市を見学した時にゲスト参加されていた方で、顔は知っていたが話したことはなかった。自宅へ電話を掛け、英語で話しかけると日本語で返事が返ってきたのでちょっとびっくりした。奥様が日本人とのことであった。

第1回例会というものは何かと印象深いが、何しろ英語クラブの第1回の司会役は初体験なので、準備は念入りに行なった。特に一工夫したものは小道具であった。手作りの演台は勿論製作したが、クラブのシンボルを何か作りたいと思い、折り紙の本を買って折り紙でヨットを折った。これは「リーダーの船」をイメージさせるもので、折った後で "Leadership" のロゴを「船体」に貼り付けた。
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例会当日の参加者は20名前後で、一般参加者は6名。TMの飛び込み参加は、江戸の織田氏、さくらの平野氏、湘南の五十嵐氏、キーフォースの赤根氏ら。赤根氏は以前江戸にゲストでいらした時以来の再会であった。プログラムは厚木座間のスタイルに近く、Grammarian と Ah Counter を一緒にした "GRAHCO" 、や Joke を入れたりしている所は私が参加していた英語クラブのやり方とは違った。開会後、ソーリー氏の Word of the Morning に続き、小林S氏によるクラブの概要説明。そして私の Toastmaster of the Morning へと繋げた。このクラブのもう一つのこだわりが、午前中に例会を行なうクラブをアピールするための "Morning" という言葉遣いであった。開会の挨拶は勿論、"Good morning!"で、各役割名も "~of the Morning"、つまり「今朝の~」で統一していた。当時日本で午前中に例会を行なっていたのは、新橋のブレックファストと愛知の春日井くらいであった。この両クラブが「朝」にどれくらいこだわりを持っていたかはわからないが、我々は当初から「土曜日の朝に例会を行なうクラブ」というのが旗印だったので、これは明確にしておきたかった。

例会は、Joke、Table Topics, Prepared Speech と続いた。スピーチは小川J氏が基本#3、フィッシャー氏が#8、フィッシャー氏からは例会前に、マニュアルの論評ガイドのコピーを渡された。私は論評者に渡すものと思ったのだが、私に書いて欲しいとのことであった。つまり正規の論評者以外からの論評を求められたのであった。このフィッシャー氏のスピーチへの向き合い方には感銘を覚えた。
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休憩後に論評。総合論評に青山氏、小川J氏への論評にギブソン氏、フィッシャー氏に対しては大嶋T氏が論評を行なった。表彰後の締めの言葉としては、折り紙のヨットを見せながら、「これはノアの箱舟ではなくリーダーの船です。あなたも一緒に乗りませんか。」という意味合いのことを英語で述べて終わらせた。小林S氏の質疑応答後に閉会した。閉会後に一般ゲストの2名の方から入会表明があり、また大嶋T氏や赤根氏からも入会したいとのお言葉を頂いた。
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かくして都心初、土曜日朝の例会の試みは終わった。朝の例会は台湾で1度体験しただけで国内では初めてであった。夜の例会とは異なる、清清しい気持ちを持つことができることを感じた。
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by inv-pyramid | 2010-05-15 23:15 | 2000年後半

[武蔵編] その時、笛が鳴った

11月9日の第50回例会では、武蔵でもある人がアイスブレーカーを飾った。堀口氏である。前回例会ではお預けを喰らったので、今回は満を持してのスピーチであった。堀口氏のアイスブレーカーに関しては、後日スピーチ原稿が武蔵の会報に全文掲載されたので、特に秘密にすることもない。

そのスピーチだが、最初に笛を鳴らして始まったのが印象的であった。趣味でサッカーの審判をされているとのことで、笛の正体は審判のホイッスル。その他、イエローカードやレッドカードなどの小道具も駆使されて、ゲームをコントロールすることの意義を説かれていた。この趣味の話と仕事、そして今打ち込んでいることの3点セットで我々を楽しませてくれた。会報に寄せられたスピーチ原稿などを読み返してみても、その飾らない人柄は入会時も今も変わらない。ご自身の生き方はかなり変わった様だが、その変遷の原点は恐らくこの日のスピーチにあるのだろう。その始まりを告げたのが笛の音であったことに因果を感じた。

この回は近藤氏が教え子の高橋Y氏を連れて来られた日でもあった。この時はまだ高校生のため入会資格がなかったが、後に入会されてクラブ会長を務めるまでになってゆく。当時の武蔵クラブは学生で入会される方が多かった。
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by inv-pyramid | 2010-05-12 23:42 | 2000年後半

[江戸編] 秘密のアイスブレーカー

11月7日の第258回例会は、江戸単独の例会としては久しぶりの2桁出席数となり、スピーチも3人揃えることができた。この日はちょうど更新した会員名簿を配布したのだが、何しろ会員総数が13名なのだ。13名の内10名が参加すれば出席率としては申し分の無い所だろう。

この日はあの高橋N氏がアイスブレーカーを披露した日でもあった。この日の例会に参加した会員の中で、現在も現役TMなのは私だけなので、最早伝説のアイスブレーカーと言えるかも知れない。題は「TAKE IT EASY」。高橋N氏のスピーチと言えば、淀みの無い日本語、クリアな発声といった印象が強いが、やはり初めてのスピーチはコンテストで優勝した頃とは一味違うものがあった。内容に関しては、思い出話としても口外しない様口止めされているので、文字通り私だけが知っているスピーチになってしまうのだろう。最も私も何を話されたのかはもう断片的にしか覚えていない。ただ、あの時の気持ちは今でも持っているのだろうか、とふと思う時がある。

他のスピーチは久しぶりに参加された細川氏と、初めての上級スピーチとなった庄司氏。ベストスピーカーは高橋N氏であった。久しぶりに2時間を越える例会となった。
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by inv-pyramid | 2010-05-11 01:19 | 2000年後半

[武蔵編] お楽しみはお預け!?

さいたま国際フェア直後の第49回例会は、10月26日に行なわれた。新たなゲスト参加もあったが、国際フェアを訪れた方の見学はまだなかった。フェアでの反応が良かったからと言って、その後例会に参加するかどうかはまた別の話である。広報活動とはそんなものかも知れないが、期待を持ってしまうのもまた事実。お楽しみはお預けであった。2名の見学者の他、江戸の池田氏の参加もあった。

今夜のトーストマスターは私。この日は他にもお楽しみがあった。あの堀口氏がアイスブレーカーをすることになっていたからだ。堀口氏と言えば、今までに数多くのゲストをTMに連れてこられ、堀口氏の紹介で入会されたという方も多い。武蔵入会時はまだそんな片鱗も感じさせなかった。しかしこの日は都合で結局欠席されたので、初スピーチは次の機会までのお預けとなった。3人のはずだったスピーカーはクイズ王能勢氏のみとなり、その場で新たに2名を即興で募り、小島氏と梅本氏が対応された。

これで年内の例会は残すところ4回となったが、まだまだイベントが残っていた。
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by inv-pyramid | 2010-05-11 00:14 | 2000年後半

[武蔵編] さいたま国際フェアで模擬スピーチコンテスト

日本語クラブ戦略推進会議の後、さいたま新都心で開催中の彩の国さいたま国際フェア2000に参加するため、私と稲垣氏、山中氏が有楽町から移動した。途中赤羽で高崎線に乗り換え、わずか10分少々で到着するにも関わらず、駅弁を買って車内で頬張っていた。さいたま新都心駅はまだ開業したばかりで、駅と隣接したけやき広場で国際フェアが行われていた。
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トーストマスターズで出展したのは武蔵と埼玉の両クラブで、これに先立って9月30日に行われた参加団体の事前打ち合わせ会には私が参加した。埼玉の大熊氏も一緒であった。今回はけやき広場という青空会場なので、出展ブースはテントになるということ、またステージ利用の有無の確認などがあった。武蔵はステージを使って、模擬スピーチコンテストを行う予定であった。各参加団体にはポスターとチラシが配布された。
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当日は曇りがちだったが、前年までの屋内会場とは異なり開放的でお祭り気分に溢れていた。我々が到着した時は、ちょうど武蔵がステージに出る直前でぎりぎり間に合った。模擬スピーチコンテストは梅本氏の司会により、会場の参加者に審査用紙を配布してコンテストを体験して貰う形式で行われた。出場者は6名。武蔵からはイードリス氏とレイサー会長、他に埼玉の白石氏、江戸の榊原氏、鶴が島の三上氏、そして山中氏という顔ぶれであった。場内の聴衆は半分くらいはTM会員のサクラであったが、武蔵、埼玉のメンバーのみならず、あちこちのクラブからの参加者があった。
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by inv-pyramid | 2010-05-10 11:13 | 2000年後半