人はいかにして逆ピラミッドの境地へと達するのか。記憶の中のトーストマスターズの出来事をたどり、現在そして明日への指標を探る、ささやかな独白です(H2O, DTM)。


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2010年 05月 23日 ( 3 )

[D76P編] 秋季大会前の波紋

11月26日(日)、代々木のオリンピックセンターで、ディストリクト76Pとして初めての秋季大会が開催された。現在の様なコンテストと評議会を併設した形ではなく、役員研修と評議会のみの大会であった。プログラムは3つに分かれており、午前中がクラブ設立及び活性化の研修、午後が役員研修、そして半期総会。ディストリクトの役員は更にその前に役員会があり、9時から17時まで缶詰状態であった。

役員会ではちょっとした波紋があった。稲垣DGからLGETの佐々木氏が辞任されたとの報告がなされたのである。事前に何の情報も掴んでいなかったので、これは寝耳に水であった。辞任の理由については特に明らかにされなかったので真相は不明である。後任には福岡の今村氏が就任予定とのことであった。役員に空席が生じた場合は、次の半期総会までに決めておく必要があった。LGETの人事などは容易ではないと思うが、今村氏という選択は妥当なのものに思えた。

稲垣DGからの議題は、「ハイパフォーマンスプラン」と銘打たれ、ディストリクトの強化策について論じられた。特にクラブ数については、年度内で43~50クラブ程度という数字が示された。この時点で年度内にチャーターしていたのは座間アーティキュレイターズのみで、" Provisional Club " として、鶴ヶ島、鎌倉、Leadership と、徳島、京都が続いていた。ちなみにこの頃は設立申請中クラブを " Provisional Club "、申請準備段階のクラブを " Prospects Club "と区分していた。当時発起人から準備中の打診のあったクラブとして、筑波バイリンガル、日産、虎ノ門、宝塚、浜松、春日井英語、所沢、岐阜という名称が上がっていた。この中のいくつかは実行に移されて現在に至っている。

またディストリクトになって、年度内にCTM何人達成というノルマも課せられたため、CTM受賞キャンペーンとして、基本マニュアルの#7、8、9を終えた会員にリボンを贈呈することが決まった。
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by inv-pyramid | 2010-05-23 19:47 | 2000年後半

[D76P編] 第2回ディビジョンA評議会

11月23日(木)勤労感謝の日の午前中、神保町で第2回ディビジョンA評議会が行なわれた。参加者は大嶋TDAG、ソーリー、松崎、私の各AGで、岡本、稲継氏は欠席。内容は各エリアの報告と、これまでに行なわれた行事の報告が主であった。各エリアの報告の中で、ディビジョンA内で設立された3つのクラブ、鶴ヶ島、鎌倉、Leadership に関する進捗状況の報告が行なわれた。この中で抜きん出ていたのは鎌倉で、鶴ヶ島は会員数が10名という状況であった。Leadership はその中間でまずまずといった所であった。

ディビジョンA内でこの間に行なわれた行事は、キーフォース運営によるディベートワークショップと、横浜と武蔵が運営した論評ワークショップ及びコンテストのみであった。新年度が始まってまだ4ヶ月が経過したばかりなので、それほどの進展はなかった。

最後の議題が注目すべきものであった。大嶋T氏は2002年の春季大会を海外のTMで行なわれているスタイル、つまり複数のコンテストやワークショップを同時進行で並行して行なうスタイルでの年次大会をディストリクト76Pでも行ないたい意向であり、既にその準備に入られていた。その構想をこの席で述べられた。2002年の大阪春季大会へ向けての前触れであった。実行委員長は大嶋T氏で、この段階での他のメンバーとしてはソーリー、山中、今村、小林S、岡崎、フィッシャー、渡辺、石川、梅本、キルパラニの各氏と私。運営クラブにはイースト神戸の名前が挙がっていた。もっともまだ開催2年前の話であり、陣容はこの後多少入れ替わることになる。私には日本語関連行事のサポートを求められていた。

まだ2001年の全日本スピーチコンテストの準備の最中だったので先の話にしか思えなかったが、2年前から準備するというのは、当時としては少し先を読んだ行為だったと思う。
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by inv-pyramid | 2010-05-23 19:16 | 2000年後半

[江戸編] 兆し

11月21日の第259回例会ではゲストの参加が3名あり、その中に後の江戸クラブの中核をなす冨田氏や辻川氏の姿もあった。辻川氏は別にディベートの会に参加しているらしく、このディベートつながりで何人かが後に入会された。今夜のディベートを定期的に開催していた関係で、この頃の江戸はディベートの勉強ができる会という認識が一部で持たれていたフシがあった。とはいえ何にせよ、入会に繋がって行くゲストの参加は、長い低迷期から抜け出す兆しが見えてきたと言ってもよかった。
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by inv-pyramid | 2010-05-23 18:31 | 2000年後半