人はいかにして逆ピラミッドの境地へと達するのか。記憶の中のトーストマスターズの出来事をたどり、現在そして明日への指標を探る、ささやかな独白です(H2O, DTM)。


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2010年 04月 26日 ( 1 )

[D76P編] ディストリクト初のニューズレター

8月27日(日)、ディストリクト76Pになってからの初のニューズレターが発行された。JTC時代ももちろんニューズレターは発行されていたが、発行体制は年度によってまちまちで、年1回のこともあれば、数回発行されることもあった。稲垣体制になってからは少なくとも季刊を目指していた。またこの年度は、言語のバイリンガル化を極力図ろう、という意識があり、ニューズレターもほぼ全ての記事が日英バイリンガルで書かれていた。これは役員の3分の1程度が日本語またはバイリンガルクラブのメンバーだったことも一因としてある。但し、まだまだ試行錯誤の面もあり、レイアウトなどについては注文をつける方もあった。

D76Pニューズレター初号の内容は、巻頭がまず稲垣ガバナーの挨拶。続いて、同じく稲垣氏によるディストリクト体制になっての組織、逆ピラミッドの理念を図解で説明。ディストリクトになって年間の活動や評議会がどう変わるかを述べられていた。その次はビジョンコミッティからの挨拶として、議長のキルパラニ氏がビジョンコミッティのこれまでの経緯と今後の活動方針を述べられた。ビジョンコミッティはJTCを準ディストリクトに昇格(TM流に言えば降格)させるために設置されたものであるため、その役割は一区切りついていたが、今後はスピーカーズビューローや新クラブの支援、日本語教材の提供などを目的とした活動をするとのことであった。

後半は年間の活動予定、そして新クラブ、設立中クラブの紹介。チャーターされたクラブとして、座間アーティキュレーターズクラブ(Zama Articulators Club)が紹介されている所に一つの時代を感じる。これは米軍の座間キャンプに突如としてできた英語クラブで、D76Pになってからは初のチャーターであった。残念ながら短命に終わり、現在は存在しない。米軍施設内のクラブにはよくあることである。また設立中クラブとして徳島、鶴ヶ島が紹介されている。最後の頁はエリア52ガバナーのモー氏の自己紹介。

この年度はD76Pのホームページが出来た年でもあり、その紹介も少しされている。現在は広報活動もホームページが主になり、印刷媒体の発行などはなくなったが、折に触れ見返すことができるのが紙媒体の良い所だろう。僅か10年前のことなのに、今となってはただ懐かしいだけである。
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by inv-pyramid | 2010-04-26 23:14 | 2000年後半