人はいかにして逆ピラミッドの境地へと達するのか。記憶の中のトーストマスターズの出来事をたどり、現在そして明日への指標を探る、ささやかな独白です(H2O, DTM)。


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2009年 01月 12日 ( 4 )

[武蔵編] JTC最後のコンテストを目指して

この年度、1999-2000年度はJTC時代としての最後の年度であることは前にも述べたが、その最後を飾るコンテストの通知が私の元へ届いていた。日本語のスピーチコンテストは名古屋クラブの運営で、6月11日に犬山で開催、そして英語のスピーチコンテストは関西クラブの運営で、6月24日に神戸で開催ということであった。この内我々に関係あるのは日本語のコンテストだったが、英語のコンテストへも日本語クラブからの出場は可能ということで(現在と同じ)、それぞれのコンテストへ出場者を送ることになった。英語のコンテストについてはその前段にエリアコンテストがあるので、まずはそちらへ出場者を出すことになるのだが、これについてまた後述する。

さて、日本語のオールジャパンスピーチコンテスト(名古屋はバイリンガルクラブのため、表記にはやや英語色が漂う)に出場者を出すためのクラブ予選は5月11日の第38回例会で行なわれた。出場資格はこの時代は基本マニュアル#4まで修了していればよしとされていたので、例会に参加できる人で武蔵の有資格者は近藤K氏、梶村氏、佐藤氏の3人になった。私は翌週に江戸の予選もあったので、武蔵の方はコンテスト委員長に徹することにした。審査委員長は武蔵の会員でもある山下氏。

結果は1位梶村氏、2位佐藤氏、3位近藤K氏となったが、梶村氏と佐藤氏は犬山へは行けないということなので、近藤K氏が武蔵からの代表ということになった。1位の梶村氏は論評コンテストでも1位になったほどで、この頃の武蔵会員の中ではスピーチの安定感は抜群の方だった。全国レベルコンテストへ一度も出場されないまま、後に退会されたのは甚だ残念なことであった。近藤K氏は既に10本のスピーチは修了されていたので、実績は申し分なく、初出場となるコンテストに期待がかかっていた。
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by inv-pyramid | 2009-01-12 21:09 | 2000年前半

[武蔵編] 個性豊かな顔ぶれ

4月になるとまた続々と個性的な顔ぶれが武蔵に入会してきた。4月13日の第36回例会では、近藤K氏に伴われて当時大宮西高にALTとして赴任していたイードリス氏が例会に参加した。このイードリス氏、アメリカ人の大柄な黒人女性で、パワフルで気さくな人柄が親しみやすい方であった。ご子息を伴っての来日で、ご子息も日本の高校に通われていた。後に入会早々英語のコンテストに出場され、一波乱があったりもしたが、ブラックパワーとでもいうのか、スピーチにおける声の使い方は迫力満点だった。次の例会ですぐ入会されることになった。

お花見にも参加された能勢氏は、知る人ぞ知るクイズ王で有名な方で、アメリカ横断ウルトラクイズで優勝したこともあるという。そんな有名人が武蔵に入会されたのは、スピーチの練習はクイズにもつながるということで、確かに後にテレビ画面でその雄姿を拝見した時は、その理由もわかる気がした。テーブルトピックスなどは特に相通じるものがあるのだろう。4月27日の第37回例会での初スピーチ、「趣味によって変わった人生」でその経歴が明らかになった。

このような個性豊かな顔ぶれが創立以来、入れ替わりに入会していたのがこの頃の武蔵の特徴で、それぞれの持ち味が小気味よくクラブにブレンドされていった。
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by inv-pyramid | 2009-01-12 20:47 | 2000年前半

[武蔵編] 浮間公園で2回目のお花見

4月9日の日曜日に板橋区の浮間公園で2回目のお花見会が行なわれた。武蔵の花見イベントは現在は行なわれていないが、創立以来何年かは続けられた。時期は開花に合わせるため、3月だったり4月だったりしたが、この年は遅咲きだったので4月第2週であっても十分観賞可能であった。9日なったのは、1日がユーモラスコンテストだったこともあった。

晴天に恵まれたこの日は、梅本ファミリーや佐藤氏、私の他、入会されたばかりの高橋氏、太田氏、そしてゲスト参加しただけでまだ入会前だった能勢氏夫妻の参加があった。陣取った場所は前年と同じくわかり易さで風車の近くにした。但し、前年は事前に川上氏が場所取りをしてくれたのだが、今回は場所取り要員がいなかったので、他のグループが陣取っていた場所の隙間を埋めるような形になった。

各自持ち寄り形式で、前回の時に得意料理などもわかっていたので、同じものが持参されてないと、「何で?」などと尋ねたりもした。2回目なので手際よく準備できたと思う。このようなイベントが気軽に行なえるのが地域クラブの良さである。
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by inv-pyramid | 2009-01-12 20:14 | 2000年前半

[武蔵編] スピーカーズ・ビューローへの招待

トーストマスターズにはスピーカーズ・ビューロー(Speakers Bureau)という講師派遣制度がある。これについては私のもう一つのブログ、「今夜もトーストマスターズに乾杯!」で説明したので、詳しくはそちらに譲るが、トーストマスターズの会員に外部でスピーチする機会を斡旋する制度のことだ。前に述べた大宮西高での社会人講師などの機会もその一つである。

この制度の元で梅本氏がある企画を立てていた。4月にある企業で行なう新人研修に梅本氏と私が講師として参加するというものである。元々は12月に見学に来られたゲストの方から持ち込まれた話で、その方は会社の新人研修にTMを使えないか、ということで武蔵に見学に来られたのだった。梅本氏は早速スピーカーズ・ビューローの趣旨に乗っ取って企画書を作成し、その企業に送った。私は補助員として声を掛けられたのだが、一般企業の新人研修にTM会員が講師を任されるということには半信半疑であった。もちろん実現すれば素晴らしいことである。この時点では私はまだスピーカーズ・ビューローには登録していなかったので、当時世話役を務められていたP藤山氏から、後日登録に関する資料が送られてきた。梅本氏が登録を要請されたのである。

この様にしてかなり根回しがされていたが、結局この話は流れた。理由は不明である。実績がないからかな、と私は思っていた。自分が受けた会社の新人研修などは、TMのスピーチ訓練とほとんど変わらないことを考えると、もし実現していれば案外できたのかも知れない。本来地域貢献のボランティアの活動なので、たとえ流れても文句を言う筋合いでもない。この後何件か同種の話があって、実現したものもあるので、果報は寝て待てということだろう。
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by inv-pyramid | 2009-01-12 19:06 | 2000年前半