人はいかにして逆ピラミッドの境地へと達するのか。記憶の中のトーストマスターズの出来事をたどり、現在そして明日への指標を探る、ささやかな独白です(H2O, DTM)。


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2009年 01月 03日 ( 5 )

[江戸編] 舞台裏の憂鬱

成功裏に終わったかに見えたユーモラススピーチコンテストだったが、舞台裏では思わぬ、いやある程度予想された余波が訪れた。あるスピーチを巡って事件が起こったのである。東海から出場された成瀬氏の「抑止力」という題のスピーチが中日関係に触れていたのだ。台湾のメンバーが参加されている席でこのようなスピーチは配慮がないと言えた。

実はこのスピーチは私が3月に東海クラブを訪問した時にもされていて、微妙なものを感じたのだが、それが現実のものとなった。台湾の方々は表立って何かを言うようなことはなかったが、JTC役員として参加されていた大嶋R氏がこれを遺憾に思い、突如としてトーストマスターズ脱退を宣言。JTC前ガバナーという要職はあっさりと放棄された。当然江戸クラブも退会ということになり、江戸は今期2度目の会長交代を余儀なくされた。残り2ヶ月強の期間は私が会長代行を務めることになった。

以前、韓国人ゲストに対する差別発言を巡っての際にも同様の悶着があったが、それが再現された格好になった。このような事態が起こったときはどうすればよいのか。コミュニケーションの取り方を学ぶ者としては、外国人への接し方、そして組織内部のトラブル発生時の対処の仕方など、多くのことを考え、学ぶきっかけにもなった。そしてトーストマスターといえど、コミュニケーションの取り方については人それぞれの考え方があるということも。
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by inv-pyramid | 2009-01-03 23:59 | 2000年前半

[はま&横浜編] 場内爆笑!!ユーモラススピーチかくあるべし

4月1日(土)、奇しくもエイプリルフールのこの日、横浜ランドワークタワーにあるフォーラムよこはまにて、「2000全日本ユーモラススピーチコンテスト」が開催された。前年までは「ユーモア」スピーチコンテストとして開催されていたが、今回は初めて英語クラブと共催するということで、コンテスト名も英語に合わせて「ユーモラス」と改められた。最も発音に忠実にするなら「ヒューモラス」ということになるのだろう。

13時からのスタートで、前半が横浜クラブによる英語コンテスト、後半がはまクラブによる日本語コンテストという順番で行なわれた。ただし、別々に行なうのはコンテストの部分のみで、開会や閉会、表彰式などはバイリンガルで行なわれた。この方式には今でも賛否両論あるが、1日で両言語のコンテストを行なう場合は有効だと思う。

開会の挨拶は横浜の中尾会長、はまの山下会長が並び立って行なったが、実際に話していたのは中尾氏のみで山下氏は添え物感が強かった。これは段取りが良くなかったのだろう。続いてはキルパラニガバナーの挨拶、そいて今回台湾からの訪問団代表として平和クラブ李氏が挨拶された。台湾からの訪問団の今回の最大の目的は翌日に名古屋で行なわれた合同例会の方にあった。英語のコンテストは総勢10名の出場者で、初めて見る顔ぶれが多かった。優勝は当時のACCJから出場したヤングマン氏。温泉をテーマにしたスピーチで、表情や手ぬぐいを使った仕草はいかにもユーモラスで文句なし。2位はコンテスト常連のコール氏で、リストラがテーマ。3位は横浜から出場の浅井氏で、クイズ番組で使う○×表示器を使ったスピーチがユニークでった。後にやまのてで女房役となる浅井氏との出会いはこの時が初めてだったが、まだ言葉を交わすには至らなかった。
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続く日本語コンテストははまクラブが運営。今回は台湾のクラブからの参加もあり、特別枠で桃園成功クラブの瀟氏が出場された。総勢9名の出場者の内、江戸からは榊原氏、そして武蔵からは都合が悪く不参加となった加藤氏に代わり私が出場することになった。私のスピーチは準備期間も短かったので、不出来だったクラブコンテストとは内容を変え、以前東京バイリンガルで披露したスピーチを少しアレンジし、「青天の霹靂」と改題して行なった。リハーサルも十分ではなかったが、いざ始めてみると場内爆笑で、特に最前列で座っていたヤングマン氏が身を乗り出して大受けしてくれたのが印象的であった。結果は榊原氏が1位、はまの東氏が2位、私が3位という順であった。
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日英のクラブが共催で行なうコンテストは前年の論評コンテスト以来久しぶりだったが、今回はその相乗効果がいい形で表れたと思う。タレントも豊富で、何よりユーモアスピーチの競演という舞台設定がよかった。ただし、後日後味の悪い結末を迎えることになった。
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by inv-pyramid | 2009-01-03 16:16 | 2000年前半

[武蔵編] コンテストの狭間で

論評、ディベートのコンテストが終わったのも束の間、次のコンテストが近づいていた。ユーモアスピーチコンテストである。はま、横浜クラブ合同運営による日本語と英語の全日本ユーモラススピーチコンテストは4月1日(土)に予定されていた。そのコンテストを控えた3月23日の武蔵第35回例会のプログラムは盛りだくさんの内容であった。

まずは2月の例会で鮮烈なデビューを飾った高橋氏の入会式。以後の武蔵クラブの核となる人材であった。テーブルトピックスでは、梅本氏が一人ディベートとして、色々な社会問題について肯定、否定の意見を述べさせる形式で行った。「介護」、「総合学習」、「401K」などの出題を見ていると時代を感じる。

3本のスピーチと論評の後は、ユーモラススピーチコンテストに武蔵代表として出場する加藤氏のリハーサルが行われた。「カベとベカ、バカとカバどちらも当たると痛い?」という珍妙な題、壁に体当たりする演技もあるスピーチは熱がこもっていた。

例会の最後では、今回のコンテストに合わせて来日される台湾の平和クラブに対して、姉妹クラブである武蔵として何かお土産を渡そうということになり、その内容について話し合われた。埼玉の名産品が良いということで意見が一致し、草加煎餅を贈ることになった。後日私がまとめ買いすることになったのだが、煎餅とは嵩張る物であるということが購入時によくわかった。
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by inv-pyramid | 2009-01-03 03:00 | 2000年前半

[春日井&愛知編] 肯定か否定か・いざ論戦の時

昼食を挟んで午後からはディベート大会が行われた。コンテストではなく何故大会なのかと嶋田氏に尋ねた所、ワークショップとコンテストを行うので大会です、ということであった。春日井の伊地知氏による司会進行で、まず嶋田氏によるワークショップが行われた。内容はディベートのルールと進め方に関するもので、午前同様視覚器材を駆使してわかり易く説明された。
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続いてのコンテストは、名古屋、東海、愛知、春日井の4クラブと武蔵、熊本クラブ合同チームによる5チームのトーナメント制で行われた。5チームなので、組み合わせると1グループは1試合少なくなる。くじ引きの結果、幸運にも武蔵熊本合同チームが勝ち上がれば1試合免除となる組み合わせになった。会場正面には手作りの大きなトーナメント表が掲示してあり、ここに組み合わせが書き込まれた。

予選第1試合:東海(肯定)×春日井(否定)
予選第2試合:武蔵熊本(肯定)×愛知(否定)
準決勝:名古屋(肯定)×春日井(否定)
決勝:名古屋(肯定)×武蔵熊本(否定)

という流れでコンテストは進行した。肝心の論題は、「日本政府は2005年愛知万博の開催を中止すべきである」というご当地もの。「2005年愛知万博」、「開催を中止」という2つのキーワードの定義がなされ、論点は「環境問題、財政問題、世論の動向に限定する。否定側は現状維持の立場から反駁する」とされた。ディベートは、第1立論、第2立論、尋問、反駁という構成で行われた。当時の名古屋地区で最も熱い問題であり、地元のクラブの方がもちろん有利な内容であった。

出場クラブには事前に春日井クラブから愛知万博に関する資料が送られていた。この手の話題は私も興味のあるので、新聞記事などはよく読んでいた。この内容ではどちらかいえば肯定側の方が心情的に入りやすいので、最初の予選で肯定側になったのは都合が良かった。一般論は嶋村氏、独自な主張は私という受け持ちで、予選は勝ち上がることができた。しかし決勝は否定側に回ることになり、最初の主張をひっくり返すことになったので、歯切れの悪い論陣となり、地元名古屋クラブの正当な主張に防戦一方となった。結果は名古屋が優勝、武蔵熊本が準優勝、ベストディベーターには終始落ち着いていた嶋村氏が選ばれた。
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それにしても、同じ論題で4回ものディベートを繰り広げるこのコンテストは、話し手にも聞き手にも体力のいるものだと実感した。トーストマスターではディベートのマニュアルも存在するが、あまり行われないのは企画、準備、実演が大変だからだろう。実際この大会以降はディベートコンテストは開催されていない。自分の考えとは関係なく肯定、否定に回って論陣を張るのは日本人には不向きである、という意見もある。しかし裁判員制度も始まろうという時代の流れの中、自分の主義主張とは無関係な立場で、客観的な議論を練習する場としてディベートを取り入れることは今後重要になるだろう。
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by inv-pyramid | 2009-01-03 02:47 | 2000年前半

[春日井&愛知編] 「全人類トーストマスターズ」

3月12日(日)、犬山観光センターフロイデにて、全日本論評コンテストとディベート大会が開催された。論評コンテストが愛知、ディベート大会が春日井クラブの運営であった。私はディベート大会で熊本の嶋村氏とペアを組むことになっていたので、名古屋から犬山まで名鉄線で移動する間、嶋村氏と打ち合わせをしていた。前の晩は飲み会で疲れていたこともあり、考える余裕すらなかったが、一晩寝たらすっきりしてディベートのアイディアが色々と浮かんできた。嶋村氏とは立論、尋問などの担当分けをし、後は出たとこ勝負ということにした。

犬山観光センターフロイデは、犬山駅から歩いてすぐの所にある会議室やホールを備えた施設で、名古屋地区のクラブがよく利用する施設である。私は6月のエリア4コンテスト以来2度目の来訪で、道順もよく覚えていた。センターに行く前に嶋村氏と別れて駅前のコンビ二で小道具を仕入れた。マジックや両面テープなどである。当初は考えていなかった視覚器材を用いることを思いつき、図を描くことにした。

午前中にまず論評コンテストが行われた。キルバラニガバナーの開会挨拶、東海クラブの浪川審査委員長の審査基準等説明に続いて、春日井クラブ嶋田氏によるテストスピーチが始まった。題は「全人類トーストマスターズ」。トーストマスターズの現状と将来をプロジェクター映像を見せながら熱っぽく説かれていた。当時最も先鋭的なトーストマスターだった嶋田氏らしいプレゼンで、えっ、これがテストスピーチ?という気もしたが、聞いている分にはもちろん楽しめる内容であった。嶋田氏は工業高校の先生ということもあり、スピーチのみならず電気的な小道具の開発もお手の物であったが、この会では特にプロジェクターの使い方が画期的だった。プロジェクターを2台使い、一つは自分の説明用、もう一つは会場の後ろに映し出して、パソコンでプログラムを組んだタイマーを映し出すというものであった。嶋田ワールド全開という感じだった。
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出場者は7名だったが、論評者泣かせのスピーチで論評は難しい気がした。私の所属クラブからは江戸から三村氏、武蔵から小島氏が出場されたが、それぞれ2位、3位と大健闘であった。1位には知性溢れる論評で東海の土屋氏が輝いた。
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昼食はコンテスト会場の隣室でポットラック形式で行われ、この場を利用して東海クラブのチャーターセレモニーが行われた。キルパラニ氏より会長の加藤氏にチャーター証書が手渡され、コンテスト参加者全員でチャーターを祝った。
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by inv-pyramid | 2009-01-03 02:46 | 2000年前半