人はいかにして逆ピラミッドの境地へと達するのか。記憶の中のトーストマスターズの出来事をたどり、現在そして明日への指標を探る、ささやかな独白です(H2O, DTM)。


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2008年 04月 10日 ( 1 )

[武蔵編] チャーターセレモニーはコンテストとともに

10月31日(日)の午後、浦和の埼玉会館で武蔵クラブのチャーターセレモニーが、全日本テーブルトピックスコンテストと合わせて行われた。この件についは前にも述べた通り、武蔵がテーブルトピックスコンテストを開催するということが規定路線としてまず決まっていて、それまでにクラブがチャーターされていればチャーターセレモニーも一緒に行うという話になっていた。結果的にコンテストに間に合ったので、晴れて参加者の多いイベントに合わせて行うことができた。
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ちなみにチャーターセレモニーをコンテストと合わせて開催した例としては、武蔵の他、東海と響の例がある。セレモニーを単独で行うかコンテストなどのイベントと合わせて行った方がいいのかは意見の分かれるところだが、私としてはやはりより多くの方に見届けて貰った方がいいと思うので、後者を推奨したい。もちろんそれには機会をうまく捉えることも必要だが。

さて、武蔵の場合は、テーブルトピックスコンテストの前にセレモニーが行われた。現会長のパイザー氏や発起人の1人で初代会長のスギモト氏などは既にクラブの活動からは遠ざかっていたが、この日久しぶりにみんなの前に顔を見せた。発起人である梅本氏の司会進行の下、JTCガバナーのキルパラニ氏によるクラブ認定証の贈呈、スポンサーの大嶋R氏や渡辺N氏の表彰、祝電披露、花束贈呈等を交えながら進行した。それは江戸、はまに次いで関東地区に新しい日本語クラブが誕生した瞬間でもあった。
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チャーターセレモニーに続いては全日本テーブルトピックスコンテスト。私は開催回数などは全く知らなかったが、梅本氏によれば第7回ということであった。参加クラブは英語クラブを交えて8クラブで、熊本からの参加はなく、関東と中部のクラブで行われた。司会進行は私とスギモト氏。スギモト氏が当初実行委員長だったが、既にクラブを離れていたので、実質的に幹事役の私がこのイベントをまとめていた。当時はまだスピーチコンテスト以外のコンテスト資料は日本語のものがなく、スピーチコンテストの審査用紙を配布したら、一部審査員の方からお叱りを受けたりもした。
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出題は私が考えたが、3つ考えて絞りきれなかったので、3つの出題を封筒に入れて審査委員長に1つを選んで頂くという手法にした。審査委員長は東海クラブの浪川氏で、選ばれた出題は「西暦2000年、朝目覚めると電気その他が一切止まっていました。さてあなたはどうしますか」という、当時の2000年問題を踏まえてのものであった。いかにも1999年という時代ならではの出題である。出場者一人一人に対してスギモト氏がこの出題を読み上げた。しかしここでまた問題があり、最初の2人までに対する出題の読み上げで漢字の読み間違いがあったということだった。私もそれには気付いていたが既にコンテストが始まってしまったので、後でスギモト氏に読み間違えの部分を伝えた。幸い出場者の答えに読み間違えによる表現の差異が見受けられなかったので、特にやり直しということにはならなかった。この辺はやはりコンテスト開催経験のないクラブ故のものであった。

審査の結果、優勝:三村氏(江戸)、第2位:山下氏(はま)、第3位:森氏(東京バイリンガル)が入賞された。優勝した三村氏の受け答えは風に揺れる柳のように出題を軽く受け流したという印象で、その自然体の答え方がよかった。

コンテスト後は浦和駅近くの台湾料理店に場所を移して懇親会を行った。この時に東海クラブの加藤氏や渡辺Y氏らと昵懇になり、年末の台湾ツアーへと話がつながるのであった。
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by inv-pyramid | 2008-04-10 00:54 | 1999年後半