人はいかにして逆ピラミッドの境地へと達するのか。記憶の中のトーストマスターズの出来事をたどり、現在そして明日への指標を探る、ささやかな独白です(H2O, DTM)。


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2007年 12月 16日 ( 3 )

[江戸編] 料理室で納会

6月に入り、私の江戸会長の任期も残りわずかとなった。4月以降新たな会員を迎えて一時的に盛り返したかに見えたが、同時に退会者も多数出ることになり、差し引きゼロという感じだった。この時期は英語クラブからの入会者が多く、東京から榊原、川崎氏、関東から小俣氏、それに八王子で武蔵の滑川氏と英語の会で一緒に活動しているという近松氏の入会などがあった。コンテストなどを通じて交流の機会が増えたことによる効果であった。

1日の第229回例会では次期役員の発表があり、次期会長には田中氏が選出されることになった。私は教育担当で役員会に残留、榊原氏が会員担当、池田氏が広報担当で、書記:常石、会計:蓑田、会場:砂川という布陣になった。但し、この陣容は長くは続かず、江戸クラブ存亡の最大の危機を迎えることになる。これについてはまた後述したい。

続く15日の第230回は年度末最後の例会ということで、初の試みとして料理室で実際に料理を作り、納会を行うことになった。納会といえば普通は年末に行うものだが、TMの年末は6月ということで、少し意図的かつ実験的な要素も含めて納会をやってみたいと思っていた。また個人的には上級マニュアルの食後のスピーチを行う目的もあった。スピーチクラブが料理室を使うことに関しては、会場予約の際に「食事をしながらのスピーチの練習のため」という口実を設けていた。それは別に偽りではないので、気にすることはなかったが、料理室で本当に料理をするのは初めてだったので、器具の使い方やゴミなどの後始末などには気を遣った。

料理については私が3品を作った他、池田氏や川崎氏などの料理自慢の会員が自作を披露した。肝心のスピーチは「恩人」という題で、私がこれまでにお世話になった方々に謝辞を述べるという内容で行った。料理を作りながら、そして食べながらの例会ということで多少まごつきながらの進行だったが、余興もあり楽しんで行えたのが良かった。これ以後数年間、6月の納会はこのスタイルが維持された。

また前回とこの回を持って、大嶋R、野島、パイザーM、川崎の各氏が退会されることになり、一つの終止符が打たれようとしていた。
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by inv-pyramid | 2007-12-16 23:01 | 1999年前半

[名古屋編] エリア4論評&スピーチコンテスト(後編)

昼食を挟んで午後からはスピーチコンテスト。論評コンテストと同じく各クラブから2名ずつ8名の出場者での競い合いとなった。女性陣の活躍が特に目覚しく、優勝は職場におけるセクハラなどの問題を扱った東海クラブの加藤氏。加藤氏はチャーター時の東海クラブ会長を務められ、この後翻訳委員会やディストリクトの役員などを精力的にこなされていった。その出発点がこのコンテストでの優勝であった。またTMと家庭の関係を話されていた関井氏は以前さくらクラブに所属されていたそうで、転勤で名古屋へ来られて名古屋クラブに入られたとのことで、以前のさくらクラブのことなどをお聞きすることができた。やまのてから東海に移られた鎌田氏もそうだが、東京から名古屋に転勤されて、こちらのクラブに入られる方は結構多く、江戸の孫氏や鈴木氏など、これ以降ももそのような方々とお会いすることがあった。
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このコンテストで個人的に気になったのは、舞台正面に飾られていた大会看板で、ビニール地にTMのロゴなどが印刷されていた。国際本部でカタログ販売されているのかな、と思っていたら、名古屋クラブで作ったものだそうな。名古屋地区のコンテストでは使い回されているらしく、以後のコンテストでも何度も見かけた。
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コンテスト後は懇親会まで時間があるとのことで、山中氏と浪川氏に犬山の観光名所を案内していただいた。定番は何と言っても犬山城で、城の展望台からは犬山市内が見下ろせた。懇親会は犬山駅前の魚民で行われ、普段お目にかかることのできない方々と話を咲かせた。この後1,2年間が名古屋詣の最盛期で、名古屋地区の方々とは交流を深めていくことになった。熊本、名古屋と立て続けに訪問したことで、日本語クラブは関東だけで盛り上がっているわけではないことを実感できた。
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by inv-pyramid | 2007-12-16 18:39 | 1999年前半

[名古屋編] エリア4論評&スピーチコンテスト(前編)

さて、話をエリア4コンテストに戻そう。このコンテストは大嶋ガバナーが参加するというので、私は江戸会長としてそのお供も兼ねていた。大嶋ガバナーによれば、「名古屋地区は最近元気がないのよ」ということだった。確かに以前は頻繁に名古屋地区の方々が江戸やはまに訪れていたが、1998年~1999年頃はやまのてOBで現東海クラブの鎌田氏が時折コンテストに顔を見せる程度だったので、私も気にはなっていた。そこへこの話が舞い込んで来たので、この機会に一度名古屋を訪れてみようという気になったのだ。

当日は午前が論評コンテスト、午後がスピーチコンテスト、夜が懇親会というハードスケジュールだったので、私も朝5時起きで家を出発。東京から新幹線に乗り、新横浜で大大嶋ガバナーと合流して名古屋到着。ここから名鉄に乗り換え一路犬山へ。犬山はもちろん初めてであった。犬山観光センターフロイデという国際交流施設が当日の会場で、ここは名古屋地区の方々がイベント会場に利用する場所らしく、私もこれ以後は何度も訪れることになった。会場では既に顔馴染みになっていた名古屋クラブの方々や山中エリア4ガバナー、春日井の重鎮嶋田氏、江戸OBの浪川氏らが迎えてくれた。
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名古屋クラブ犬塚氏の開会宣言後、山中ガバナー、大嶋ガバナーの挨拶が続いた後、予定にはなかったが私もゲストとして挨拶した。この後、午前はまず論評コンテストが行われ、名古屋、春日井、愛知、東海の各クラブから2名ずつの出場者を出してのコンテストが始まった。テストスピーチは愛知の松浦氏が担当。和菓子屋を営む松浦氏のスピーチは、お店の和菓子の新作をOHPを使ってPRするというもので、和菓子の写真などを見せながら、風情を感じさせてくれた。
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この後8名の出場者が論評を披露、結果は3位犬塚氏、2位伊藤氏(春日井)、1位大塚氏(春日井)という結果であった。司会は春日井クラブの伊地知氏が担当された。
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by inv-pyramid | 2007-12-16 16:20 | 1999年前半