人はいかにして逆ピラミッドの境地へと達するのか。記憶の中のトーストマスターズの出来事をたどり、現在そして明日への指標を探る、ささやかな独白です(H2O, DTM)。


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2007年 11月 11日 ( 2 )

[さくら編] エリア2&1スピーチコンテスト-葉桜の章-

エリア2スピーチコンテスト終了後は、国際交流棟のレセプションホールに移動して昼食会が行われた。昼食会のことは事前に聞いてなかったので、3000円の会費でパーティーまで付けているのには少々驚いた。ただ昼食会のためノンアルコールではあったが。
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司会役は東京クラブのキルパラニ氏。次年度のJTCガバナー候補者でこの時は教育訓練担当副ガバナーをされていた。このパーティーでは後々交流を深めることになる英語クラブの色々な方とお話をする機会があったが、その中で当時関東に在籍されていたネパール人の小俣氏より、日本語クラブに参加したいということを伺ったので、江戸クラブを紹介しておいた。小俣氏は後に江戸へ入会、その後さらに東京バイリンガルにも入会された。

さて、午後からはいよいよエリア1コンテストである。午後からは若干参加者が減ったような印象を受けた。合同コンテストとは言っても基本的にはそれぞれのエリアの所属クラブが対象なので、両方通して参加していたのは東西とさくらの面々が主であった。特にエリア1は遠方のクラブも含まれているので、参加者が少ないのはむしろ当然とも言えた。
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来賓挨拶は当時エリア1ガバナーの前田氏、コンテスト委員長は児玉氏。出場者は、阿部(さくら)、福井(東京)、林(筑波)、森(仙台)、鯖島(ACCJ)、梅本(埼玉)の6名。我らが阿部氏(写真)は6番目の出場で、クラブでのリハーサル時より数段出来が良かった。惜しくも入賞は逃したが。優勝は梅本氏、2位が福井氏、3位鯖島氏という結果で、上位2名が決勝進出。この両名はどちらも自分を見舞った災害あるいは悲報を題材としたスピーチだったのがいかにも日本人的で印象に残った。仙台の森氏には後に宇都宮でお世話になることになるが、この時はまだ名前を知るのみであった。

かくして、ぶっつけ本番という感じだったエリアコンテストであったが、東西との共催で何とか形にすることができて良かった。エリア1、エリア2という区分けは今はもうないが、向日葵の鮮明さが今でもはっきりと思い出されるコンテストである。
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by inv-pyramid | 2007-11-11 19:21 | 1999年前半

[さくら編] エリア2&1スピーチコンテスト-向日葵の章-

5月15日土曜日、ついにエリア2及び1の合同スピーチコンテストが開催された。エリア2が東西、エリア1がさくらクラブの運営である。何故、開催順がエリア1、2と若い番号順でないのかというと、それはエリア1が遠方のクラブを含んでいたからに他ならない。JTC時代はまだディビジョンという中区分がなく、全国を5つのエリアに分けていた。エリア1には札幌や仙台などの北海道、東北地区のクラブが含まれていた。よって参加の便を図るため、エリア1コンテストが午後の部になったのである。

会場は代々木のオリンピックセンターのセンター棟セミナー室だったが、元々ここはさくらクラブが押さえていた関係で、会場関係がさくら、プログラム等のソフト面が東西という役割分担であった。とりわけ東西の方が参加者が多かったので、受付などは東西にお任せであった。ただ、このコンテストで一つだけ印象に残ったのは、飾花の豪華さである。これはフラワーアレンジメント講師であるさくら竹谷氏の力作で、梶谷会長のTMらしさを印象付けて欲しいというリクエストに答えてのもので、ひまわりをふんだんにあしらった大きなアレンジは、正直なところ出場者よりも目立っていた。
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さて、午前の部は東西運営によるエリア2コンテストである。来賓挨拶は大嶋ガバナーと当時エリア2ガバナーだった滝本氏で、特に滝本氏は私が会場に着いた時、階段の踊り場で一人挨拶のリハーサルをされていたのが印象に残っている。今では響でご一緒に活動させて頂き、私がTMの母とも仰ぐほどお世話になっている滝本氏と初めて言葉を交わしたのがこの時であった。

コンテスト委員長は東西のピンドリア氏、審査委員長は当時日本唯一のDTMだった森氏で、森氏はエリア2、1両コンテストを通して審査委員長をされていた。出場者は福重(東京バイリンガル)、桑原(ICF千葉)、ラリー(東西)、中村(ウェスト東京)、白石(関東)、武田(ブレックファスト)の6名で、優勝はラリー氏、2位が白石氏であった。当時は上位2名が決勝進出というルールで、この両氏がそのまま全日本コンテストへ駒を進めた。私が特に印象に残ったのは3位の武田氏(写真)で、ゼスチャー、声の抑制が良く効いていた一人芝居的なスピーチは、他のクラブにはこんな凄い人もいるんだな、と思わせるものがあった。個人的には1位かなと思ったが、その一人芝居的な手法が敬遠されたのかも知れなかった。
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by inv-pyramid | 2007-11-11 18:40 | 1999年前半