人はいかにして逆ピラミッドの境地へと達するのか。記憶の中のトーストマスターズの出来事をたどり、現在そして明日への指標を探る、ささやかな独白です(H2O, DTM)。


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2007年 10月 08日 ( 1 )

[武蔵編] 潔き人

4月7日の第12回例会より、武蔵会長はスギモト氏からパイザー氏に交代した。スギモト氏は元々イギリスからの国際交流員として来日されていたのだが、その期限が切れて就職活動をされていた。そして目出度く就職が決まったのだが、勤務先が都内となり例会への参加が難しくなっていた。そこで、2代目会長としてパイザー氏が立つことになったのである。パイザー氏は会長を引き受けるに当たり、この4月に熊本で開催される全日本スピーチコンテストへの出場を最後に、ホームクラブである東京バイリンガルクラブを退会して、武蔵のクラブ運営に就くことを決めていた。パイザー氏はこの頃自分のデザイン事務所を設立されていて、2つのクラブには関わっていられないということで、新設クラブを選択されたのである。その潔さにはただ脱帽するだけであった。

チャーター準備期間が長引くと、チャーター前に会長が交代することも当然ありうる。できれば避けたい所だが、これを機に武蔵のチャーターへ向けての活動も次のステップへと進んだ感があった。4月の例会はジリ貧で参加者数1桁の状態が続いたが、ホームページも開設され、さらに5月に入ると武蔵のチャーターまでの道のりを語る上で欠かせない人物、近藤氏の参加を得た。すると相乗効果なのか人も徐々に集まるようになり、いよいよチャーターへ向けての加速が始まった。
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by inv-pyramid | 2007-10-08 14:31 | 1999年前半