人はいかにして逆ピラミッドの境地へと達するのか。記憶の中のトーストマスターズの出来事をたどり、現在そして明日への指標を探る、ささやかな独白です(H2O, DTM)。


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2007年 08月 14日 ( 1 )

[番外編] まぼろしの和光クラブ

今でこそ数々の新クラブを設立し、あちこちの新クラブ設立の立ち上げにもお呼びが掛かる私であるが、その全てがうまく行った訳ではなく、苦い思い出もある。

1998年12月から1999年3月頃までの間、私は地元の和光市にクラブを設立すべく一人で活動していた。まだ武蔵の設立に関わり始めたばかりで、クラブの作り方もよくわかっていなかった頃だが、最近のどなたかと同じように気持ちだけが先行していた。きっかけは12月の埼玉国際フェアで、そこで和光国際交流会なる団体がブースを出していたので、武蔵の宣伝がてらチラシを配りに行ったことに始まる。私も地元が和光市なので、どんな活動をしている団体なのか話を聞いたりして、こちらのチラシを束ねて渡したところ、交流会の中で配っていただけることになった。また年内に忘年会を行うのでよろしかったらどうぞと誘われたので、その集まりに参加したりもした。忘年会の席で交流会の代表の方と話をする機会があり、TMのことを色々と話している内に、では交流会の活動にTMのやり方を使ってみてはどうか、と話してみた。最初はこんなやりとりをしていただけで、必ずしもクラブ立ち上げが念頭にあるわけではなかった。

代表の方は私がマニュアルを見せながら説明しているのをみて、宗教か何かの類の勧誘のような印象を持った感じで、それほど関心を示されていなかったが、当時交流会の日本語教室で講師を務められていた方が興味を示され、交流会の活動の中で、「Hiroba」という外国人と日本人がざっくばらんに歓談する集まりを持っているが、いつも雑談で終わってしまうので、特に外国人の方にとってもう少し有意義な時間にしたい、ということで、それにTMを取り入れてみたらどうか、とのことだった。それで私も段々とその気になり、「いつでもデモ例会は行えます」、などと口走ったりもした。

年明けて2月の第2水曜日、「Hiroba」に参加した。毎月第2水曜日夜に和光の公民館で開催とのことで、私にとってはちょうど東京バイリンガル例会と週がずれていたので都合がよかった。その日は外国人参加者は少なめだったが、TMの話題は外国人の方が受け入れ易く、その時話した外国人の方が興味を示され、武蔵野線沿線住まいとのことで、武蔵の例会に誘った。交流会のメンバーも3月の武蔵例会を一度見学するとのことだった。

3月下旬の武蔵例会には4名ほどが参加されたが、その日はちょうどクラブスピーチコンテストの日で、初見学としては具合が悪かったかも知れない。1時間ほどで帰られてしまった。後日感想を伺ったところでは、我々の活動には合わないような気がする、とのことだった。私も地元でのクラブ立ち上げに期待を寄せていたので、これを聞いた時は大いに落胆した。交流会の方々とはその後も国際フェアなどで顔を合わせる機会があり、近況などを伺ったりした。

かくして、和光TMCの設立は陽の目を見ることなく終わったが、この時の経験はその後の宇都宮クラブの立ち上げなどに生かしている。それはつまり地域クラブを作る時の地元との付き合い方である。今は地元でのクラブ立ち上げは最後のお楽しみにしている。
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by inv-pyramid | 2007-08-14 17:40 | 1999年前半