人はいかにして逆ピラミッドの境地へと達するのか。記憶の中のトーストマスターズの出来事をたどり、現在そして明日への指標を探る、ささやかな独白です(H2O, DTM)。


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2007年 07月 25日 ( 1 )

1999年、7の月・凋落と飛躍の年を迎えて

1999年と来れば、まずはやはりノストラダムスだろう。1999年7の月、空から恐怖の大王がやってくる、という例の大予言である。折からの世紀末ムードに煽られて何かと話題になったものだが、実際には何も起こらなかった。否、何も起こらなかったというのは語弊がある。この年はゼロ金利政策が発動された年で、後の格差社会を生み出す要因の一つともなった。世相的にも暗い事件が相次ぎ、光市母子殺害事件、池袋通り魔事件、京都小学校児童殺傷事件、そして桶川ストーカー殺人事件などの事件が連鎖的に発生した。年末ともなればこれまた世間を騒がせた2000年問題が起きている。明るい兆しなどは見えなかった。

トーストマスターズとて例外ではなく、前々からも述べている通り、7月の年度代わりからの1年の間に江戸クラブでは2回の会長交代劇があった。つまり3人の会長が立ったということだが、前2人の会長降板は極めて私的な理由によるもので、クラブに深い影を落とすことになった。この凋落化傾向は2001年頃にまで及び、クラブの再建計画なども例会の場で話し合われることになる。やがてこの凋落化は東京バイリンガルクラブにも伝染した。

代わって台頭し始めたのが武蔵クラブで、この年の10月に1年掛かりでチャーターを果たし、首都圏の日本語クラブの主役が交代する兆しを見せた年でもあった。また3月には台湾の日本語クラブが初めて日本に訪れ、以後の日台交流の礎を築いた。

JTCもいよいよその役割を終え、準ではあるがディストリクト76へと衣替えする年度となった。
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by inv-pyramid | 2007-07-25 00:51 | 1999年前半