人はいかにして逆ピラミッドの境地へと達するのか。記憶の中のトーストマスターズの出来事をたどり、現在そして明日への指標を探る、ささやかな独白です(H2O, DTM)。


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2007年 07月 17日 ( 3 )

[さくら編] そして僕らは途方に暮れる

12月、さくらクラブに対して東京ウィメンズプラザより突然同プラザの利用を認めない旨、申渡しがあった。理由はさくらクラブの利用目的が同プラザ利用の趣旨に反するということであった。東京ウィメンズプラザは女性の地位向上を目的とした女性財団が運営する施設であり、利用団体は女性の地位向上のための活動や男女共同活動の参画等を行なっている団体に限るのが原則である。さくらクラブは元より英語スピーチの勉強会という側面があるため、登録時にそのまま「英語スピーチ勉強会」で届けていればまず登録はできないはずで、その辺は梶谷会長がうまく辻褄を合わせていると思っていた。

ところが、意外なところから東京ウィメンズプラザ側にさくらクラブの実情が伝わってしまっていた。広報担当の阿部M氏が、クラブのPRをフリーペーパーにした際に、英語スピーチ勉強会という趣旨で記事が掲載されており、それが同プラザの知ることとなってしまったのだ。

公共の施設は各地に色々とあるが、その中でも利用目的を絞っている施設、例えば女性センターや国際交流センターなどを利用する場合は、登録時に自分たちの活動目的をその利用目的に合わせることが肝要なことは言うまでもない。立地条件などでどうしてもそこを利用したいということであれば、時にはカムフラージュが必要なこともある。またそういう手順を踏んだ場合は、クラブ内にその事実を周知しておく必要もある。意思統一が図れていないと、この時のさくらクラブのような状況を招くのだ。

結果として、さくらクラブは12月の最初の例会をもって東京ウィメンズプラザからの撤退を余儀なくされた。実に4ヶ月弱の利用実績であった。しかもこの4ヶ月間は東京都生涯学習センターを併用していた。翌年からは主会場が生涯学習センター、副会場を千駄ヶ谷社教館とすることになり、ついには千駄ヶ谷社教館に完全に移ることになった。
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by inv-pyramid | 2007-07-17 01:28 | 1998年

[武蔵編] 潜入!彩の国さいたま国際フェア

12月最初の週末の5、6日に大宮ソニックシティにて彩の国さいたま国際フェア98というイベントが行なわれていた。これは埼玉県内の主に国際交流団体の集いで、各団体が展示ブースを出して活動紹介や、物品の販売、ステージでのショーなどを行なうお祭りで、トーストマスターズとしては埼玉クラブが展示ブースを出すことになっていた。そこへ梅本氏の発案で武蔵クラブもこれに便乗して、広報活動を行なうことになったのである。

当日は埼玉クラブのメンバーでもある梅本氏が埼玉クラブの了解をとって武蔵のチラシを埼玉のブースに置かせてもらい、また武蔵メンバーが会場内でチラシ配りを行なった。まだ固定メンバーも少ないなか、梅本、ヴォート、佐藤、小原が交代で会場内でチラシを配った。まさにもぐりでの活動であった。

このイベントは毎年行なわれており、開催規模も年々大きくなっているが、当時はまだ規模も小さく長閑な雰囲気が漂っていた。武蔵も翌年以降は正式な登録団体となって精力的にこの場で広報活動を行なった。この手の地域イベントで広報活動を行なうことは当時まだ例がなく、ある意味では画期的なことだった。クラブ作りという点でのスタンダードは私の場合は武蔵である。特に広報面では、梅本氏のこの物怖じしない積極性には見習うべきことが多く、私も多大な影響を受けた。
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by inv-pyramid | 2007-07-17 01:26 | 1998年

[江戸編] 朝からディベートでリフレッシュ!?

11月29日の日曜日、横浜のランドマークタワー13階にあるフォーラムよこはまで、JTCイベントとして日本語のディベートワークショップとテーブルトピックスコンテストが行われた。午前が江戸運営のディベート、午後がはま運営のテーブルトピックスであった。午前のディベートは当初はコンテストとして企画されたが、諸般の事情でワークショップに変更になったことは前にも述べている。JTC時代はディベート関連イベントは毎年のように行なわれていたが、毎年同じ内容では面白くないのでこの年は少し変化球で行くことにした。

それはワークショップの前に、ディベートのルールに関する簡単なペーパーテストを実施することである。ペーパーテストは田中氏提供の全国教室ディベート連盟のルールブックの内容を参考に○×式で15問程度のものとして実施した。講師は当時の江戸クラブで最も迫力ある熱弁家の会社重役芦沢氏にお願いした。ディベートには慣れていないようだったが、事前に資料を渡してよく勉強していただいた上での登板は非常に良かった。やはり説得力あるスピーチをする上では熱のこもった弁舌の技術が必要だな、とこの時改めて思った。

テストの後で全参加者を1グループ肯定側、否定側、審査員各3人ずつ、合計3つのグループに分け、1グループの時間を20分程度に抑えてのミニディベートを行なった。このやり方は、ディベート研究所主催の井上氏が提唱されていた「わおた式ディベート」を元に、時間配分を幾分短くしたものである。論題は参加クラブより事前に公募し、10題を選出し、その中から各グループに選んで貰うことにした。「同性同士の結婚を認めるべきである」、「結婚式の主賓スピーチは廃止すべきである」、「女子大は廃止すべきである」などのその場ででき、ユーモアも感じられる論題が選ばれ、短いながらも白熱した議論が展開された。午前中というまだ眠気も覚めない時間の中で、さぞ頭の体操になったことだろう。
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昼食を挟んで午後からテーブルトピックスコンテスト。出場者は6名。全日本コンテストを謳いながらもJTC時代では、春のスピーチコンテスト以外は集まるのは精々首都圏のクラブのみというのがこの頃の実情であった。6名では時間も短いため、コンテストは2ラウンド行なわれることになった。第1ラウンドは「あなたはNASAのスポークスマン。2010年の宇宙開発計画について記者会見で発表して下さい」、第2ラウンドは「あなたは何の動物ですか」という出題であった。個人的には第2ラウンドの出題の方が難しいのでは、と思った。例えた動物になりきる演技力が必要だからである。

結果は1位:鈴木(はま)、2位:パイザーM(江戸)、3位:コール(つくば)という順位になった。1位鈴木氏の猫の演技が第2ラウンドでは特に光っていて、こういう演技ものはやはり女性の方が得意なのかな、思わせるものを感じた。
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by inv-pyramid | 2007-07-17 01:22 | 1998年