人はいかにして逆ピラミッドの境地へと達するのか。記憶の中のトーストマスターズの出来事をたどり、現在そして明日への指標を探る、ささやかな独白です(H2O, DTM)。


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2007年 06月 18日 ( 2 )

[さくら編] ジプシークラブと呼ばれて

さくらクラブほど例会の場所を転々としたクラブも珍しい。江戸も現在の千駄ヶ谷に落ち着くまでは何度か場所を変えているが、さくらの場合は私が入会してからの半年間で実に4回も場所が変わった。半ば自嘲的にジプシークラブと呼ばれる所以でもあった。

高田馬場は当時会員の児玉氏の勤務先があったり、丸山氏の住まいがあったりで利便性は申し分なかったが、如何せん利用料が高かったので、会員の中でも「場所を変えたほうがいい」という声が上がっていた。当時の会長梶谷氏も代替地の目星は既につけていて、8月の26日はとりあえず表参道の東京ウィメンズプラザで行なわれることとなった。現在キーフォースクラブが例会を行なっている場所である。しかし公的会場は予約受付が2ヶ月前、3ヶ月前という所がほとんどなので、まだ東京ウィメンズプラザに固定するわけにもままならず、東京都生涯学習センターを併用することになった。この状態がこの年の年内まで続いた。

さくらクラブに入会したのは9月であるが、この現状から私はすかさず梶谷氏に千駄ヶ谷社教館に団体登録するのはどうか、と申し出た。彼女はあまり関心を示さなかったが、とりあえず予備会場として予約できる状態にはしておくということになり、社教館に団体登録の申請をした。この頃私は3月に行なわれる社教館祭りの実行委員会にも参加しており、館の職員の方とも顔なじみになっていたので、比較的話は通りやすかった。それでも当初は江戸クラブが既にあったので、同じような名称のクラブがあるのは紛らわしいという理由で難色も示された。私は江戸は日本語、さくらは英語のクラブであることを強調した。半数が渋谷区民という条件については、私の知人関係にお願いすることでクリアした。

この間さくらの例会はウィメンズプラザと生涯学習センターを行ったり来たりしていた。梶谷氏はウィメンズプラザを固定会場にする考えだったが、後のある事件によりプラザより利用停止を申し渡され、結局翌年からは千駄ヶ谷社教館を本拠地とすることになった。
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by inv-pyramid | 2007-06-18 00:46 | 1998年

[江戸編] 蝉時雨れる日吉の森にて

8月8日土曜日、日吉の某大学校舎の森の裏手にある閑静な住宅街の一角で、江戸クラブの夏企画として納涼ホームパーティーが行なわれた。ペントハウス付の部屋からは新幹線も見えるこの場所は大嶋夫妻の居宅で、夫妻のご好意により実現したホームパーティーであった。江戸クラブでクラブを挙げてのホームパーティーを行なうことは、私が入会してからは恐らく始めてのことだった。

江戸クラブはこの年のJTCイベントを運営するに当たり、ディベートコンテストを選択しており、当日はテーブルトピックコンテストを同じ日に合同運営する予定のはまクラブとの合同での打ち合わせがパーティーに先駆けて行なわれた。この年のはま会長は知的な眼差しのする太田氏で、私と同い年ということもあって何かと意気投合して打ち合わせが進んだ。ディベートは過去の経験からコンテスト形式にすると何かと時間がかかるので、最終的にワークショップという形で行なうことになった。ただ過去のやり方を踏襲するだけでは面白くないので、田中氏の意見を参考に、ディベートに関するペーパーテストを前座として行なうこととし、ワークショップ講師としては、当時の江戸クラブきっての熱弁家である芦沢氏にお願いすることとした。

打ち合わせ後のホームパーティーでは、事前の予告で私が手料理を振舞うことにしていたので、3品ほどを作った。他の方も自前の食べ物を提供して、総勢10名ちょっとのパーティーは夜遅くまで続き、一部の方はそのまま泊まることになった。時間を気にせず語らいの時間が取れるのがホームパーティーの良さで、大嶋夫妻宅ではその後も何度か行なわれた他、私の自宅でも後には何度か行なうことになった。
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by inv-pyramid | 2007-06-18 00:45 | 1998年