人はいかにして逆ピラミッドの境地へと達するのか。記憶の中のトーストマスターズの出来事をたどり、現在そして明日への指標を探る、ささやかな独白です(H2O, DTM)。


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2007年 06月 08日 ( 1 )

[江戸編] 誰が為に鐘は鳴る

1998年前半はクラブを揺るがす事件も起きたが、新旧役員交代の頃には小康状態を保っていた。ただ新しく入られた方の中には数回の出席で姿を見せなくなるケースも多く、新会員の定着率は芳しくなかった。このような状況で舵取りを任された身としては、まずは会員増強を計画するべきだったかも知れない。しかし私の方針としては、まずクラブの地固めを先決したかった。

私が入会した頃の江戸クラブは対外行事やレク活動も多く、また社教館との関係もそれなりに連携が取れていた。それが徐々にマンネリ化していたのは、一つにはクラブの質が落ちたからとも言えた。質の低下というか変化は人に起因するもので、メンバーが入れ替われば雰囲気が変わるのは致し方ない。そこで新たな流れを作るか現状維持とするか、消極的になるか積極的になるかで、次の展開が変わってくる。私はとにかく昔できていて今できていないことはきちんとやるということを心がけようと思った。それは合同例会の実施、レク活動の復活、社教館祭りへの参加など、ごく当たり前のことへの取り組みである。特に注力したかったのが社教館祭りへの参加で、千駄ヶ谷という地域へのアピールという身近な所からの広報活動に力を入れようと思っていた。

活動計画とは別にクラブの財源である会費についても見直しを図った。この頃は1ドルが140円の時代だったがクラブの財政にはまだ余裕があった。前年度に半年4800円へと引き下げたばかりだったが、会計の立場からみてつり銭の準備などに手間が掛かるなどの理由から、半年5000円という切りの良い金額に改めた。入会金は3000円のまま、重籍会員については半年4000円という金額を設定した。この時口座をシティバンクにするのはどうかという案が出たが、口座維持費が掛かるとの理由で却下された。

かくしてこの後、さくら、武蔵、2クラブへの参加、そして社教館祭りの実行委員会への参加なども待ち受ける前途多難な日々が幕を開けた。
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by inv-pyramid | 2007-06-08 00:00 | 1998年