人はいかにして逆ピラミッドの境地へと達するのか。記憶の中のトーストマスターズの出来事をたどり、現在そして明日への指標を探る、ささやかな独白です(H2O, DTM)。


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2006年 09月 10日 ( 1 )

トーストマスターズとディベートその2

ディベートコンテストの論題にはどのようなものが選ばれていたのだろうか。以下は当時の資料からの抜粋である。

1991年 「日本政府はPKO(国連平和維持活動)に自衛隊を参加させるべきである」
1992年 「医師は患者にガンを告知するべき」
1993年 「日本政府は1994年中に関税を撤廃し食用米の輸入を自由化すべきである」

いかにも当時の時代背景が偲ばれる論題ばかりである。テーマとしては少々硬い気もするが、コンテストの論題としては誰もが理解している内容で、かつその時代の話題であり、資料収集が容易なものが厳選された。結果として、時事問題ばかりになってくるわけである。論題選びには「日本の論点」などの出版物がよく利用された。私も1995年のコンテスト実行委員になった時、この論題選びにまず時間を費やした記憶がある。ディベートコンテストでは、定義が明確にできるものでなければならないという前提があり、曖昧な論題では論点が明確にならず、審査も難しいというわけである。「日本政府が」などの主語が入っているのはそのためだ。

ディベートコンテストにはそれ用の審査用紙が用意されており、肯定側、否定側の論点を分析評価できるようになっている。このコンテストの難しいところはその進め方である。出場チーム全てが同じ論題でのディベートを競うため、トーナメント方式が採用される。A、Bチームの勝者とC、Dチームの勝者が決勝に進めば、また同じ論題でのディベートを行う。1回の論戦で40分程度の時間がかかりるので、4チームのコンテストであれば都合3回のディベートが行われる。この状況を楽しめるか、苦痛と感じるかである。

2000年3月に名古屋で行われたコンテストを最後に、以降行われていないのは(英語は除く)、ディストリクト体制になって年2回のコンテスト制となり、クラブ、エリアと勝ち上がりで行われる現在のシステムにそぐわないからだと思うが、折をみてまたやってみるのもいいかも知れない。トーストマスターズが決して個人スピーチ研鑽のためだけの場ではない、ということを実感するためにも。
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by inv-pyramid | 2006-09-10 00:18 | 1995年