人はいかにして逆ピラミッドの境地へと達するのか。記憶の中のトーストマスターズの出来事をたどり、現在そして明日への指標を探る、ささやかな独白です(H2O, DTM)。


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[武蔵編] ふたたびの会長職

2000年1月13日の武蔵第30回例会がこの年の始まりであった。この日より正式に武蔵会長に就任した。前年度の江戸会長に続いて2度目の会長職となった。2度目とはいえ、チャーターしたばかりのクラブの会長は初めてでもあり、既に創立10年を経過した江戸とは勝手が違うと思った。ディストリクト元年に向けてJTCの活動も例年になく活発になっていた。

この日は当時エリアガバナーだった児玉氏をゲストにお呼びし、新役員就任式を行った。児玉氏とはさくらクラブで既知の仲だったが、武蔵のチャーターをきっかけとして日本語クラブへも少しずつ顔を出されていた。後にやまのてや響設立にも関わって頂くことになるので、この頃はそのための伏線ともいえた。チャーターまで役員を務めていた外国人メンバーの姿は既になく、チャーター前後に入会された方々を新役員に迎え入れての船出であった。新役員の中では特に教育担当副会長の加藤氏が積極的で、舌鋒も鋭く、クラブへの疑問点を次々と投げかけられて、私もいい刺激を受けた。

スピーチはこの日でちょうど10番目を終える近藤K氏と私だったが、私のスピーチは実はこの年の2月に行われる予定の、大宮西高校の社会人講師のリハーサルを兼ねていた。この年は現在既に9年目を迎えた社会人講師の初年度でもあった。前年より近藤K氏からお誘いは受けていたのだが、やはり未経験のことなので例会でまずリハーサルをと思っていた。「敗者復活戦」という題のスピーチは、私のスピーチの中では一つのテーマであり、形を変えて時々行っている。これを高校生相手に話そうというわけである。

日本のトーストマスターズの変革期の中で、私の中でも何かが変わりつつあった。
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by inv-pyramid | 2008-07-15 21:16 | 2000年前半