人はいかにして逆ピラミッドの境地へと達するのか。記憶の中のトーストマスターズの出来事をたどり、現在そして明日への指標を探る、ささやかな独白です(H2O, DTM)。


by inv-pyramid

プロフィールを見る
画像一覧

S M T W T F S
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31

カテゴリ

2000年後半
2000年前半
1999年後半
1999年前半
1998年
1997年
1996年
1995年
1994年
1994年以前

以前の記事

2012年 09月
2010年 09月
2010年 08月
2010年 05月
2010年 04月
2010年 01月
2009年 11月
2009年 09月
2009年 08月
2009年 07月
2009年 06月
2009年 04月
2009年 01月
2008年 11月
2008年 10月
2008年 09月
2008年 08月
2008年 07月
2008年 06月
2008年 05月
2008年 04月
2008年 03月
2008年 02月
2008年 01月
2007年 12月
2007年 11月
2007年 10月
2007年 09月
2007年 08月
2007年 07月
2007年 06月
2007年 05月
2007年 03月
2007年 02月
2007年 01月
2006年 12月
2006年 11月
2006年 10月
2006年 09月
2006年 08月
2006年 07月
2006年 06月
2006年 05月

フォロー中のブログ

津田沼トーストマスターズ...
Utsunomiya T...
話し方で四季を彩る 大田...
調布フリーフライトトース...

メモ帳

最新のトラックバック

検索

その他のジャンル

ファン

記事ランキング

ブログジャンル

画像一覧

[台湾編] 文化の交流は地球村の実現・12月5日(その4)

本稿のタイトルは、合同例会で配布されたプログラムのヘッダーに書いてあったコピーである。合同例会の正式呼称は「中日国際日本語演説連合大会」。続いて「中日文化交流の先駆大嶋団長と日本文化交流訪問団御一行様の御来訪」と記されていた。ちなみに創立第18回例会とのことであった。成功クラブは毎月1回の本例会と、その前に行う予行例会が基本とのことで、入念な準備の下で本例会が行われるとのことであった。この日は、台湾のトーストマスターズ評議会(中華民国国際演説会)ガバナー方氏とエリアガバナー卓氏も出席されていて、最初はまずこれら来賓の方々の挨拶が続いた。司会は瀟氏の奥様で、熊本のコンテストで第3位に入賞された陳氏が務められていた。

例会の内容は台南とほぼ同じで、笑い話、プロジェクトスピーチ、即席演説、論評、言語講評、総合講評と続いた。ただ、この日は論評の前に、JTC副ガバナーとして東海クラブの浪川氏が特別スピーチ「2000年トーストマスターズへの期待」と題して、ディストリクト昇格を前にした将来への展望を語られた。

今回役割を持っていたのは他に私と名古屋の瀧川氏がスピーチ、同じく名古屋の今枝氏と大嶋団長が論評、そして山中氏が総合論評という顔ぶれであった。日本を発つ前に私に役割としてスピーチが振られたので、既に上級スピーチに取り組んでいたものの、台湾の方々を意識して基本マニュアルを選んだ。課題は#8の説得力を持って話せとした。題名はこれも台湾の方々の受けを狙って、富士山をテーマとして西暦2000年問題と絡めて、「富士・西暦2000年」としたが、上手く伝わらなかったのか、プログラム上では「西暦2000年」としか記されていなかった。そのため、論評では題名と中身が合っていないという評価を頂いてしまった。ちなみに論評者は、台湾の大学で教鞭を取られており、成功クラブでは顧問をされていた吉田氏であった。
b0108857_20341443.jpg

また言語講評では、同じく顧問をされていた孫氏より、「前置きが長い」という指摘を受けた。台湾の方々へあれもこれも伝えようと欲張り過ぎたために、本題がぼけてしまったのだ。台湾の方々は我々を日本語を母語とする国から来た人々と見ているから、我々も気が抜けなかった。

例会最後には、訪問団全員が壇上に上がり、大嶋団長が成功クラブ会長の梁氏より表彰を受けた。
b0108857_20424398.jpg

そして最後に集合写真を撮って合同例会は幕を閉じた。この後、地下のホールへ移動して懇親会が行われた。
b0108857_20442963.jpg

[PR]
by inv-pyramid | 2008-06-08 20:25 | 1999年後半