人はいかにして逆ピラミッドの境地へと達するのか。記憶の中のトーストマスターズの出来事をたどり、現在そして明日への指標を探る、ささやかな独白です(H2O, DTM)。


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[台湾編] 台南での合同例会・12月3日(その2)

台湾訪問弾丸ツアーの初日、名古屋のメンバーとの邂逅も束の間、ホテルにチェックインして身支度を整えるとすぐさま最初の訪問先である台南市へとバスで向かった。台南は高雄から北へバスで1時間ほどの所にある。訪問先は当時台湾の最も南で日本語例会を行っていた台南古都日本語演説会であった。

「日本語演説会」。台湾では日本語のトーストマスターズクラブはこう呼ばれていた。台南は台湾の古い都、つまり日本で言えば京都のようなもの。それで名前が「古都」ということであった。当時の台湾には6つの日本語クラブが存在した。台北3、桃園1、台中1、台南1という割合である。このツアーは、翌日行われるほら吹きコンテストの日程に合わせて訪問可能なクラブをピックアップして組まれており、ちょうどこの古都クラブが金曜開催だったので、最初の訪問先として選ばれたのである。
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夕食は古都クラブの方で各自持ち寄り形式、いわゆるポットラックパーティーを開催してくれることになっていた。例会場はなんと幼稚園の教室。決して広いとは言えない部屋の後ろの方に古都クラブメンバーの手作り台湾料理が用意されており、例会前にまずは乾杯して料理をつついた。
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例会は19時30分頃から始まった。司会は王氏。王氏は明治大学に留学していたこともあるという女性で、日本語は流暢だった。日本では今日の一言やちょっといい話などで始まる最初のウオームアップの時間は、笑い話や諺の紹介で始まった。続いて名曲(!)のコーナー。ここで何と会歌の合唱が始まったのである。自分たちで作詞作曲したクラブの歌があるクラブなど初めて見た。驚いた。楽譜のコピーを全員に配り、我々も即興で混ざって一緒に歌った。この時の模様はMDに録音してあるが、何度聞いても珍妙な驚きがある。会歌に続いては唱歌。ここでは日本の古い歌、「故郷」や「旅愁」などを歌った。年配の台湾の方々にとっては日本への郷愁、若い人たちにとっては日本的なものへの憧れがあるのだろう。そして歌を歌うことで言葉を学んでいるのだな、とも思った。
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by inv-pyramid | 2008-04-22 00:42 | 1999年後半