人はいかにして逆ピラミッドの境地へと達するのか。記憶の中のトーストマスターズの出来事をたどり、現在そして明日への指標を探る、ささやかな独白です(H2O, DTM)。


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[台湾編] 訪問団、高雄に集結・12月3日(その1)

12月3日(金)の朝、「トーストマスターズ台湾会議」ツアーの関東出発組は成田の空港第2ビルで待ち合わせていた。午前のフライトなので朝が早い。私はまだ暗い早朝に家を出て、日暮里へと向かった。そこで近藤A氏と合流することにしていた。近藤A氏は上尾からなので私よりさらに早い。日暮里発7時台のスカイライナーに乗車した。近藤A氏はまだ大学生で、今回当初は母親である近藤K氏が行く予定だったが、都合により近藤A氏が行くことになったと言う。実はこのツアーの前に父親の海外出張に同行してヨーロッパへ行ってきたばかりとのことでもあった。学生生活最後の年なので、行ける時に海外へ、とのことだそうな。

成田に着くと既に大嶋T団長とストロガノフ氏がロビーの椅子に座っていた。9:50発のフライトで、ぎりぎりになって豊坂氏が現れた。全員揃ったところで搭乗手続きへと向かう。航空機は日本アジア航空便だった。快晴の中、成田を飛び立つ。高雄到着は13:10であった。高雄も晴れていた。空港に降り立つと現地の案内人が我々を待ち構えていた。総勢5人にも関わらず大型観光バスでのお出迎えで、バスの中で一人ずつ用意されていた台湾元に両替して貰い、南国ムード溢れるフェニックスの並木道の中、まずは当夜の宿泊地であるリンデンホテルへと向かう。もちろんまだチェックインはできないので、荷物を預けて名古屋のメンバーが到着する夕方まで高雄市内をしばしぶらついた。

通りを歩きながらいくつかのことに気付く。まずはオートバイの多いこと。そしてオートバイに乗っている人はみな一様にマスクを付けていたことである。よほど排ガスがひどいのだろうな、と推察する。さらに道路脇の歩道は、高さが均一でなく段差が激しいこと。大通りを外れて市街地の中へ入り込み、のどが渇いたので自動販売機でウーロン茶を買った。飲んでみるとこれが甘いのである。砂糖入りのウーロン茶など初めてだった。このように初日からささやかなカルチャーショックの連続であった。

そうこうしている内に夕暮れ時となり、一同ホテルへと引き返した。ホテルには既に名古屋からのメンバーが到着していて、山中氏や加藤氏らとテーブルトピックスコンテスト以来の再会を果たした。
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by inv-pyramid | 2008-04-22 00:11 | 1999年後半