人はいかにして逆ピラミッドの境地へと達するのか。記憶の中のトーストマスターズの出来事をたどり、現在そして明日への指標を探る、ささやかな独白です(H2O, DTM)。


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[JTC編] 翻訳委員会発足

JTCこと日本トーストマスターズ評議会は現在のディストリクト76の前身である。各国または地域のトーストマスターズクラブが、国際本部から直接予算を配分される国または地域ごとのディストリクトとして認定されるためには、1構成単位当たりに所定の数のクラブが存在しなければならない。それまでは任意の評議会を結成して活動する必要がある。日本は1999年まで国際本部非公認の評議会を結成して国内のクラブを統括していたが、2000年に準ディストリクトとして認定されるための準備が整っていた。そこでJTC最終年度となるこの1999年から2000年にかけての年度には、ディストリクト体制になることを念頭においてのさまざまな取り組みが行われた。その一つが翻訳委員会の発足である。

現在は国際本部の意向もあって、マニュアル類の日本語化を進めるための専門委員会は日本語委員会としているが、その前身となる翻訳委員会が発足したのがこの年度であった。当時教育訓練担当副ガバナーを担当されていた浪川氏が11月30日付けで、翻訳委員会への協力を募る文書を各クラブに送っている。それは、旧基本マニュアルは1991年に翻訳され、国際本部発行の正規マニュアルとなったが、それから8年が経過し、日本語やバイリンガルのクラブが増え、日本語でCTMを取得する人も増えてきたので、上級マニュアルの日本語翻訳を待望する声も高くなったきた、よってJTC日本語担当役員一同としても何とか上級マニュアルの翻訳を完成したい、との決意表明であった。

この頃既に一部有志によって上級マニュアルの翻訳は進んでいたが、それが組織化されたのである。2008年現在ようやく国際本部の正式認定により2冊の日本語上級マニュアルが発行されようとしているが、その口火を切ったのがこの時であった。紆余曲折を経る事になる翻訳委員会の活動がここから始まった。
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by inv-pyramid | 2008-04-18 01:15 | 1999年後半