人はいかにして逆ピラミッドの境地へと達するのか。記憶の中のトーストマスターズの出来事をたどり、現在そして明日への指標を探る、ささやかな独白です(H2O, DTM)。


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[江戸編] 会長が来なくなった日

武蔵の会長交代劇と呼応するかの如く、江戸クラブでも会長の田中氏の欠席が目立つようになった。この頃の江戸クラブは会場を社教館の学習室中から学習室小に移していた。無料なのでどの部屋でもいいのだが、少人数では中では空席が目立つので小の方がちょうど良かったのである。それでも会長の欠席は目立つ。特に田中氏の様に元気のいい人の場合、いるといないでは大違いであった。田中氏は9月21日の第236回例会から3回連続欠席し、その間連絡も取れず、久しぶりに顔を見せたのは11月に入ってからであった。

その日、11月2日の例会で田中氏は既に退会されていた大嶋R氏を伴って現れた。その理由はよくはわからなかった。例会が終わった後で何の前振りもなく「江戸会長は小原さんにお任せします」と退会を匂わせる発言をした後、続く11月16日はまたしても欠席で、代わりに(?)大嶋R氏が参加。2次会では田中氏が来なくなった理由について、仕事が忙しくなった、TM内での女性問題、さらには私との不仲説まで諸説憶測が飛んだ。大嶋R氏は真相を知っている様であった。

次の会長を誰にするかという話になり、当然の様にまずは私という話になったが、私は前年度の会長で、さらに武蔵の会長も受けているため、他の人を擁立することになり、みんなの目線は大嶋R氏に向けられた。聞けば仕事が一段落したのでしばらく復帰するとのことで、だったら退会ではなく休会で良かったのにとも思ったが、ここは一先ず大嶋R氏に会長をお願いしようという雰囲気になった。すかさず国際本部へ会員登録をしたのは言うまでもない。

こうして12月の例会から大嶋R氏が3度目の江戸会長登板となった。江戸クラブの看板女優(?)はかくも健在なり、というところであった。
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by inv-pyramid | 2008-04-15 12:55 | 1999年後半