人はいかにして逆ピラミッドの境地へと達するのか。記憶の中のトーストマスターズの出来事をたどり、現在そして明日への指標を探る、ささやかな独白です(H2O, DTM)。


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[武蔵編] 恒例・横浜での合同例会

9月4日土曜日、毎年恒例となった首都圏日本語クラブの合同例会が、横浜の国際交流ラウンジで行われた。前年は千駄ヶ谷での開催だったが、今年はまたはまクラブの本拠地ヨークでの開催となった。普段は内陸の場所での例会ばかりなので、たまに土曜の昼下がり、港町ヨコハマでの例会に参加するのは気分転換にもなってよかった。

参加クラブは江戸、はま、東京バイリンガル、武蔵の4クラブで、私は武蔵として参加した。この合同例会には、江戸クラブ3代目大統領のルーマン氏や、湘南クラブ創設者でこの頃はまクラブにも入会されていた小林H氏の姿もあった。小林H氏とは後にリーダーシップクラブで活動を共にすることになるのだが、この頃はまだ藤沢のコンテストでお目にかかった程度の関係だった。

司会進行ははまの本郷氏、テーブルトピックはミスリンスキー氏が行った。ミスリンスキー氏は厚木座間クラブのメンバーで、はまには数年前より参加されていた。以前はまに訪問にした際に私のスピーチへの論評をして頂いたこともあった。スピーチは各クラブ1名ということだったが、武蔵は予定していた川上氏が欠席されたので、急遽私がすることになった。即興スピーチということで、「帰りたい」という題で、自分のこれまでを年代別に振り返るという、どちらかといえば普段あまりやらない内容で話した。論評ははまの太田氏にして頂いた。

総勢16名という、例年に比べて参加者数の少ない合同例会となったが、各クラブの状況を考えれば、妥当な人数とも言えた。合同例会自体は、翌年ディストリクト体制になってからはエリア合同例会というスタイルに形を変えて実施されることになる。したがって旧体制での合同例会としてはこれが最後となった。今は無きヨークと、その会場設備の関係から来る形式で行われたアメリカンなスタイルの例会が懐かしい。
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by inv-pyramid | 2008-03-20 18:52 | 1999年後半