人はいかにして逆ピラミッドの境地へと達するのか。記憶の中のトーストマスターズの出来事をたどり、現在そして明日への指標を探る、ささやかな独白です(H2O, DTM)。


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[湘南&田園都市編] 成功例としてのAJSC(その1)

"AJSC"=All Japan Speech Contest。日本語では全日本スピーチコンテスト。現在は、International Speech Contest(国際スピーチコンテスト)の District Revel として行われている年に一度の全国大会は、JTC時代はこう呼ばれていた。これは既に何度も述べた通りである。言うなれば日本選手権となるこの大会こそが、当時の日本国内でTMとしてのナンバーワンスピーカーを決めるイベントであった。当時はまだ日本語と英語のコンテストは別々に開催されるのが常であり、英語コンテストは6月に行われていた。そして1999年のAJSCは湘南クラブと田園都市クラブの共催で行われることになっていた。

私は1994年以降の事情しか知らないので、私が参加したコンテストで判断するしかないが、今までに参加したコンテストの中で最も成功した例がこのコンテストだったと信じて疑わない。それだけ鮮烈なものを感じた。これ以降主として私が運営したコンテストは全てこのコンテストをお手本としている。ここでは、その運営に敬意を表して「湘南&田園都市編」として、AJSC1999 の顛末を簡単に振り返ってみたい。

この年度、1998-1999年度の湘南クラブ会長は岡本氏、田園都市クラブ会長は岡崎氏。岡本氏についてはまた後で詳しく触れたいと思うが、新クラブ設立やエリアガバナーとしての精力的な活動は言うに及ばず、現在も日本語委員会の中心メンバーとして、日本語マニュアルの整備に尽力されているのは周知の通りである。岡崎氏は会長職に就く前に江戸クラブを何度か訪問していた。この辺の経緯は「触発」の項で述べたが、その時に田園都市クラブについての情報を色々伺っていたので、私もクラブ訪問に出向いてみようという気になった。

AJSCの準備は既に年度初頭から始まっていたようで、1999年6月19日に藤沢市民会館で行うことが決まっていた。私は7月に1度田園都市クラブを訪問したが、湘南クラブと合同例会を行うという情報を岡崎氏から得ていたので、興味を覚えて11月の合同例会にも参加した。AJSC共催の前に両クラブの交流を深めておこうというわけである。その前に岡本氏からは8月の時点で各クラブ会長宛で、コンテストのお知らせを兼ねた湘南クラブ会報が届けられており、これがAJSCの開催を告げる第一報となった。
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by inv-pyramid | 2007-12-30 16:33 | 1999年前半