人はいかにして逆ピラミッドの境地へと達するのか。記憶の中のトーストマスターズの出来事をたどり、現在そして明日への指標を探る、ささやかな独白です(H2O, DTM)。


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[東京BL編] 不滅のトーストマスターズ

6月15日の例会で東京バイリンガルクラブを去ることにした。理由としてはやはり4つのクラブに参加して、月8回の例会に出席することの心理的負担が大きくなったからである。じゃあ今はどうなの、という気もするが、当時はまだTM以外の活動も平行して行っていたので、首が回らなくなったというのが本音だ。8年前のこの頃はまだ習い事や他のネットのオフ会、趣味である山やスキーなども盛んに行っていた。幸いにして東京バイリンガルでは役員をしていなかったので、他の3クラブに比べて退会し易い環境にもあった。

クラブの質の変化というのもある。私が入会した頃に比べるとメンバーも半数近くが入れ替わり、特に外国人と女性会員の激減が目立った。日本に定住していない外国人ビジネスマンの場合、やはり任期を終えると帰国されてしまうので、たまたま私が在籍していた時期が、その手の外国人会員が多かった頃なのだろう。外国人がいなくなると潮が引いたようにクラブの雰囲気も地味な感じに変質した。

というわけで、多少の思い入れを残しながら、最後の例会では日本語の部の今夜のトーストマスターを自ら買って出た。私の性分として、幽霊会員になって自然退会ということは考えにくく、それなりの筋を通して辞めたかった。この日の例会はちょうど英語、日本語という順であり、例会の最後に退会の挨拶をして締めるという流れで行くことにした。従ってプログラムにも「今宵限りのトーストマスター」と入れていた。最後の挨拶は巨人の長嶋元監督の「巨人軍は永久に不滅です」のフレーズを引用し、「トーストマスターズは永久に不滅です!」と叫んで結んだ。

退会宣言はしたものの、東京バイリンガルクラブとはこの後も合同例会やエリアガバナーのクラブ訪問などを通してしばらくの間は関わっていた。次年度の会長は石津氏に決定したが、クラブが下降線を辿り始めたのは残念なことであった。しかし低迷しながらも生き残って8年後のまさかの私の復帰に繋がるのだから、やはりトーストマスターズは不滅です、と言うほかはない。
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by inv-pyramid | 2007-12-20 12:54 | 1999年前半