人はいかにして逆ピラミッドの境地へと達するのか。記憶の中のトーストマスターズの出来事をたどり、現在そして明日への指標を探る、ささやかな独白です(H2O, DTM)。


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[熊本編] 熊本へ...

このブログは基本的にそれぞれの所属クラブからの視点で書いてきたが、所属クラブが増えるにつれ、各種行事へも色々な顔で参加しているので、参加行事に焦点を合わせて書く方も時には必要な気がした。というわけで、ここでは熊本編として1999年の全日本スピーチコンテストを振り返ることにする。

さて、私が入会してしばらくの間は、各コンテストは各クラブの持ち回りで開催していたことは前にも述べた。熊本でも年1回は毎年何かのコンテストを行っていた。それが1999年直近ではその流れが少し途絶えた。理由としては東京バイリンガルなどの新興勢力がコンテストの運営を始めたこともあると思う。その様なわけで、1999年4月の熊本での全日本スピーチコンテストは久しぶりの様な気がした。

私は熊本へは修学旅行で行った程度で、TMに参加してから熊本へ行ったことはまだなかった。それが今回はコンテテストへの出場も決まったので、一路熊本への旅に出ることになった。この年は大嶋ガバナーの音頭で、関東圏のメンバーはツアーを組んでまとまって行くことにしていた。当時東西クラブの会長だった松崎氏が旅行代理店勤務だったので、ツアーの段取りは一切お任せだった。

関東圏の各クラブからは、江戸、はま、武蔵、東京バイリンガル、そして東西が出場者を出す予定になっており、最終的には総勢10名ちょっとのツアーとなった。往復は飛行機を使うということで、4月24日のコンテスト当日の朝、羽田に集合ということになった。しかしここで何と大嶋夫妻が都合により急遽不参加となることが判明。松崎氏も少々狼狽していた。結局参加者は江戸2、はま3、武蔵1、東京バイリンガル2、東西2の10名になった。天候は東京も熊本も曇り空だったが、これから始まるコンテストを前にして、誰もがスピーチのことを考えていた。出場者の半数が朝からこうして飛行機にまとまって乗り込み旅立つというケースは、恐らくこれが最初で最後のことだったと思う。
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by inv-pyramid | 2007-10-12 01:12 | 1999年前半