人はいかにして逆ピラミッドの境地へと達するのか。記憶の中のトーストマスターズの出来事をたどり、現在そして明日への指標を探る、ささやかな独白です(H2O, DTM)。


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[江戸編] ムードメーカーの条件

4月に入るとまた少しずつゲストの見学が増えてきた。4月6日第226回例会では4名、同月20日第227回例会では5名、といった具合である。そのいずれもが相次いで入会され、江戸クラブも一時的に活況を呈した。ただこれはまた後述するが、諸事情でこの方々の在籍は短期に終わった。この年度は短期在籍者が多く、入会して即来なくなる方も多かった。とりわけやる気はあるものの、転勤等で退会される方の損失は致命的であった。

こんな状況下では、クラブの盛り上げ役、俗に言うムードメーカーの存在は重要である。どんなクラブにも大抵一人はこの役割を担っている人がいる。この頃の江戸クラブではそれに該当したのは、はまクラブから移籍した田中氏であった。空手の有段者で横浜クラブのメンバーでもあり、ディベートの集まりにも参加していた田中氏は、大きな声でよくしゃべるのが持ち味で、例会の最中でもよく声を出していた。現やまのての浅井氏や響の渡辺氏の様な存在であった。ただ五月蝿いだけでなく、スピーチもダイナミックなものが多く、パワーポイントをいち早く取り入れてみたり、メンタルタフネスのワークショップを行ったりと、型破りな面もあった。一時期のはまクラブの牽引役でもあり、その勢いをそのまま江戸へ持ち込んだかのようであった。田中氏は私の次の代の会長にもなったが、その後の事を考えると、この頃が最後の輝きであったのかも知れない。

とはいえ、ムードメーカーの存在は特に低迷期のクラブでは貴重である。これは作ってできるものではなく、どちらかといえば天性のものだと思う。例会を盛り上げるには全員の協力が必要なことは言うまでもない。しかし、ムードメーカー足りうるメンバーの存在も大切にしたい。
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by inv-pyramid | 2007-10-07 22:33 | 1999年前半