人はいかにして逆ピラミッドの境地へと達するのか。記憶の中のトーストマスターズの出来事をたどり、現在そして明日への指標を探る、ささやかな独白です(H2O, DTM)。


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[武蔵編] 走れメロスのように

3月25日、江戸のクラブコンテストに続いて、武蔵でもコンテストが行われた。前にも述べた通り、JTC時代はチャーター前のクラブにもコンテスト出場の門戸が開かれていた。それは一つには、既設クラブだけでは出場者が不足する場合がある、という理由もあった。

江戸クラブで既に熊本行きの切符を手に入れていた私だったが、武蔵からも出場することにした。それは出場者が少ないからという理由もあった。チャーター前でまだそんなにメンバーも集まっていないのだからそれは当然のことである。出場者は私、パイザー、スギモト、川上の4名。審査委員長には江戸から野島氏を招聘した。コンテスト委員長は梅本氏。

この日は前に述べた通り、和光国際交流会の方が見学に来ることになっていたのだが、私は仕事の関係で遅れて参加、ちょうど20時前に到着した時、階段を下りて来た彼らと遭遇した。コンテスト前半だけを見て満足したらしかった。4人のメンバーが訪れていたが、あまりいい印象は持たなかったのかな、と私は思った。通常の例会だったらあるいは違った印象を持たれたかも知れないが、それは言っても始まらない。

やや気落ちした面もちでコンテストに出場。江戸でもやった「走れメロスのように」を少し内容を変えて披露した。変えた部分は例えば出だしに歌を歌うなど。既に江戸で優勝していたこともあってか、やや悪のりした感もあった。結果は川上氏が優勝、私は2位だった。これで、熊本へは江戸代表として出場することが決まった。

この題材はコンテストスピーチとしては、熊本まで含めて3回、後にプロジェクトスピーチとして1回、さらに「走れメロス」そのものを上級マニュアル・語り手で1回行っている。自分としては気に入っているスピーチで、メロスを自分に照らし合わせている部分もある。この頃も既にメロスのように東奔西走していたが、2年後のエリアガバナー就任の時がまさにそれであった。このブログの続きでまた触れてみたい。
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by inv-pyramid | 2007-09-13 12:47 | 1999年前半