人はいかにして逆ピラミッドの境地へと達するのか。記憶の中のトーストマスターズの出来事をたどり、現在そして明日への指標を探る、ささやかな独白です(H2O, DTM)。


by inv-pyramid

プロフィールを見る
画像一覧

S M T W T F S
1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31

カテゴリ

2000年後半
2000年前半
1999年後半
1999年前半
1998年
1997年
1996年
1995年
1994年
1994年以前

以前の記事

2012年 09月
2010年 09月
2010年 08月
2010年 05月
2010年 04月
2010年 01月
2009年 11月
2009年 09月
2009年 08月
2009年 07月
2009年 06月
2009年 04月
2009年 01月
2008年 11月
2008年 10月
2008年 09月
2008年 08月
2008年 07月
2008年 06月
2008年 05月
2008年 04月
2008年 03月
2008年 02月
2008年 01月
2007年 12月
2007年 11月
2007年 10月
2007年 09月
2007年 08月
2007年 07月
2007年 06月
2007年 05月
2007年 03月
2007年 02月
2007年 01月
2006年 12月
2006年 11月
2006年 10月
2006年 09月
2006年 08月
2006年 07月
2006年 06月
2006年 05月

フォロー中のブログ

津田沼トーストマスターズ...
Utsunomiya T...
話し方で四季を彩る 大田...
調布フリーフライトトース...

メモ帳

最新のトラックバック

検索

その他のジャンル

ファン

記事ランキング

ブログジャンル

画像一覧

[さくら編] カラオケな夜

江戸、東京バイリンガルと続いた1998年の忘年会の最後を飾ったのは、さくらクラブの忘年会(クリスマス会)で、同じ週の金曜日18日に行われた。場所は十番亭と同じ千駄ヶ谷の商店街通りにある「ボナ・ぺティート」という、やはり地中海料理の店である。予約したのは梶谷会長だったが、私も実は江戸の時に十番亭が予約できなかった時のことを考えて、この店の下見をしていた。商店街通りに面していて小奇麗な店という印象だったが、下見の時に応対してくれた女性の話では、「この金額以下では受けられない」と金額を提示されたので、こちらの予定予算より高めだったので、考えてから返事します、とその時は答えておいた。しかしその時点ではもう十番亭に決めていた。後日その女性から自宅へ電話があり、こちらの提示額で良いからいかがですか、ということを言われた。たぶん私が帰った後で店長と相談でもしたのだろう。ビジネスの現場では即断即決が重要なのだな、と思った。

しかし結局さくらクラブの忘年会でこの店を利用することになるのだから、人生先のことはわからない。当日の接客、食事は満足の行くものだった。年末の押し迫った時期でもあり、参加者は9名と少なめだったが、その分密度の濃い話ができた。テーブルトピックスでは一人一人がさくらクラブに入会するまでの経緯を話すことになったのだが、中でもさくらの古参会員である児玉氏の経歴がユニークで、先ごろ都知事選に出馬した建築家K氏の事務所で働いていたり、仕事でシリアにいたことがあるなど、参加者一同驚きの連続であった。
b0108857_20315040.jpg

前にも述べた通り、この頃のさくらクラブのメンバーは私と最も年齢が近い人ばかりで、この忘年会はその中でもさらに同年代の方が集まっていて、話が合うことしきりで、特にカラオケ好きな点で意見が一致し、2次会で代々木駅近くのカラオケボックスに流れることになった。私がTMでカラオケに参加するのはこの時が初めてだったが、この時の参加者はカラオケのレベルが非常に高く、後に阿部氏はカラオケマスター、竹谷氏はカラオケクイーンの異名を持つことになった。延長に次ぐ延長で終電近くまでみなでカラオケに興じていた。そしてこれ以後、有志によるさくらカラオケクラブが結成(?)され、年3回程度、例会とはまったく関係のないカラオケだけの集まりを持つことになった。

ボナ・ぺティートもこのカラオケボックスも今はもう別の店になったが、この日はTMでの私とカラオケとの接点を作った記念すべき夜となった。
[PR]
by inv-pyramid | 2007-07-22 20:31 | 1998年