人はいかにして逆ピラミッドの境地へと達するのか。記憶の中のトーストマスターズの出来事をたどり、現在そして明日への指標を探る、ささやかな独白です(H2O, DTM)。


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[江戸編] 触発

会長職を受けたこの年度は、同時多発的に色々なことに取り組み始めたのは既に述べた通りである。英語クラブへの参加、新クラブ設立への参加、自分の在住地ではない地域活動への参加。それは色々な人と接することによって触発され、自分に磨きをかけるという欲もあったが、同時に多くの人と交流し、クラブを行き来することによって江戸クラブの活性化に繋げたい、という気持ちが働いていたのもまた事実でる。特に合同例会やコンテストの開催などでは、他クラブの人たちと顔見知りになっておくということは重要で、知り合いになっておけば役割の依頼などもし易いものである。

7月下旬に私は大嶋R氏のお供で、田園都市クラブを訪問した。田園都市クラブには前から興味があり、大嶋R氏がガバナーとしてクラブ訪問するということ、またこの少し前に同クラブの岡田氏が江戸クラブにゲスト参加され、7月から会長職につくのでよろしくということだったので、私も同じ会長職として表敬訪問することにしたのだった。

田園都市クラブは東京クラブの斎藤氏が立ち上げた英語クラブで田園都市線の市ヶ尾駅近くの青葉国際交流ラウンジという場所で例会を行っていた。田園都市線沿線ということで郊外の主婦層が中心のクラブということを聞いていたが、果たしてその通りで主婦層と普段は都内へ通勤しているのだろう男性陣が多数を占めていた。田園都市クラブはこの年度、湘南クラブと合同で藤沢で全日本スピーチコンテストを運営することが決まっており、例会からもその勢いが感じられた。私が特に注目したのは入会式で、この日はIT企業会社員で若手の小左見氏の入会式が行われていたが、入会宣誓の後、クラブメンバー全員が列をなして入会者と握手を交わしていたのが新鮮だった。私は入会式自体を見ることが初めてだったので、これが正式の入会式なのか、と少し感銘を覚えた。マニュアルでは握手については特に明記されていないことが後日判明したが、この時の印象は鮮烈で、後に日本語クラブでは初めて響クラブでこのやり方を採用した。

さらに例会の後一部有志が残って、斎藤氏が用意した英字新聞の切り抜きを参加者全員が輪読していた。英語クラブはやはり英語の勉強会なんだな、という印象を強く持ったが、ゲストながら私も参加を促され、英文を読み上げた。この後さらに近くの喫茶店での2次会まで付き合って、彼らの日本語クラブへの印象なども拝聴した。

田園都市クラブへはこの後もう一度、湘南クラブとの合同例会の折りに参加したが、雰囲気的に似ている両クラブの合同例会は郊外の英語クラブの香りが濃厚で、緩やかな時間の過ごし方が平日夜のクラブと対照的だと思った。
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by inv-pyramid | 2007-07-01 04:58 | 1998年