人はいかにして逆ピラミッドの境地へと達するのか。記憶の中のトーストマスターズの出来事をたどり、現在そして明日への指標を探る、ささやかな独白です(H2O, DTM)。


by inv-pyramid

プロフィールを見る
画像一覧

S M T W T F S
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31

カテゴリ

2000年後半
2000年前半
1999年後半
1999年前半
1998年
1997年
1996年
1995年
1994年
1994年以前

以前の記事

2012年 09月
2010年 09月
2010年 08月
2010年 05月
2010年 04月
2010年 01月
2009年 11月
2009年 09月
2009年 08月
2009年 07月
2009年 06月
2009年 04月
2009年 01月
2008年 11月
2008年 10月
2008年 09月
2008年 08月
2008年 07月
2008年 06月
2008年 05月
2008年 04月
2008年 03月
2008年 02月
2008年 01月
2007年 12月
2007年 11月
2007年 10月
2007年 09月
2007年 08月
2007年 07月
2007年 06月
2007年 05月
2007年 03月
2007年 02月
2007年 01月
2006年 12月
2006年 11月
2006年 10月
2006年 09月
2006年 08月
2006年 07月
2006年 06月
2006年 05月

フォロー中のブログ

津田沼トーストマスターズ...
Utsunomiya T...
話し方で四季を彩る 大田...
調布フリーフライトトース...

メモ帳

最新のトラックバック

検索

その他のジャンル

ファン

記事ランキング

ブログジャンル

画像一覧

[武蔵編] ゼロからの出発

9月10日夜、別所公民館にて2度目の準備会が行われた。参加者は梅本、ヴォート、小原の3名で前回と同じ顔ぶれ。2回目の会合では主にデモ例会のプログラム内容の確認と、それに向けての広報活動をどうするかが話し合われた。デモ例会の内容についてはクラブ設立マニュアルに書いてある通りに準備された。つまり今日のトーストマスターがいて、スピーカーが2名いて、総合論評者がいてという具合である。デモ例会の進行の仕方は全てマニュアルに書いてあり、デモ例会を含めて計8回の例会を行って会員を募り、正クラブへの認証=チャーターに持っていくのが基本プランであった。ただし武蔵の場合は通常例会は平日夜で行く方針であったものの、デモ例会は日曜午後に行うことにしたので、デモ例会とその後の例会のやり方については分けて考える必要があった。

広報活動については梅本氏が入念に準備をされていて、地元の色々なサークルや教育団体、ライオンズやロータリークラブのリスト等を集め、その一つ一つに武蔵の案内を送るというのがまず一つあった。他には新聞への記事掲載依頼、ビラ配り等考えられるものはほぼすべて行うことになった。まさにローラー作戦である。受け持ち区域は電車の路線ごとに担当することになり、埼京線下り方面が梅本、上り方面がヴォート、武蔵野線上り方面が小原ということになった。各人の住居、通勤範囲ということである。当時私の住居は今と同じ和光で、それが故に同じ埼玉県内で近隣の浦和での日本語クラブ設立にも協力することにしたのだが、平日夜の開催では例会へ行くときは会社から電車で武蔵浦和へ直行するため、わざわざ赴くという感が強かった。私は例会の土日開催を望んだのだが、梅本氏は土日は家族と過ごしたいということで平日開催を譲らなかった。結局梅本氏が発起人であるため、私の方が折れざるを得なかった。

こうして広報活動が行われることになったが、梅本氏は物怖じしない性格なのか、自分の受け持ち区域の家のポストにチラシを配ったり、通勤の電車の中で一人一人声をかけたりといった逸話を度々聞かされた。私はこの手の作業は苦手分野で物怖じすることもしばしばあったが、地元の公的施設やスーパーなどを回ってチラシの掲示などのお願いに回った。購読している新聞の支局に例会案内の記事をファクスで送ったりもした。それが掲載されたのを読んだ時は正直嬉しかった。この時の体験が後のクラブ作りに生きることになる。そういう意味では梅本氏こそは正に私のクラブ作りの師匠であった。
[PR]
by inv-pyramid | 2007-06-25 01:40 | 1998年