人はいかにして逆ピラミッドの境地へと達するのか。記憶の中のトーストマスターズの出来事をたどり、現在そして明日への指標を探る、ささやかな独白です(H2O, DTM)。


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[東京BL編] 論評の悪夢

8月5日の例会は日本語が先で英語が後だった。8月という月はたいていの英語クラブは夏休みで例会を行わない。それは外国人会員が長期間の休みを取って旅行や一時帰国をするからで、逆に日本人ばかりのクラブなら通常通り例会を行うこともある。東京バイリンガルの場合は、8月の最初の例会のみ開催としていた。奇しくもこの回は日本人ばかりとなり、私が2回目の英語スピーチに当たっていたのだが、もう一人のスピーカーが欠席となり、穴埋めとして私に対する論評が3人立つことになった。これが悪夢の始まりであった。

大嶋R氏の司会の下、"7 years in T..." という題で行った私のスピーチの目的は#2の "Be in earnest"(熱意を示せ:旧マニュアル)で、私の働き中毒状態から燃え尽き症候群となって転職に至るまでの過程を時系列で話したもので、今までに日本語でも何度か形を変えて話した内容だった。英語力のない私は、経過を示すためのカレンダーを作成し、それをフリップチャートの形で聴衆に見せ、その裏に英語原稿を貼るという形でスピーチを行った。自分でも散々な出来であることはわかっているのに、それをさらに3人の論評者が論評するという、まさに悪夢の体験となった。3人の論評者は翻訳業のK氏、日系人のE氏、そしてクラブのご意見番のA氏で、3人3様の論評はしかし物の見方は人によって変われば変わる物だということをまた思い知らされた。K氏はマニュアルに忠実な指摘、E氏は日系人らしく前向きなコメント、A氏は私の英語力へ言及され、もっと英語力を上げて出直して来い、というようなニュアンスの発言をされていた。

トーストマスターズは言語の勉強会ではないので、少なくともクラブで扱っている言語でスピーチするための言語力は当然必要となる。しかし実際は日本人にとっては英語、外国人にとっては日本語の勉強の場になっていることは否めない。その辺は母国語でない人に対しては多少許容する必要もあると思う。だからという訳ではないないが、私の英語力に対しての言及は少し辛らつな気がした。と同時にこの日を境に私も論評についてより深く考えるようになった。

論評については前にも書いたが、その根底にあるものは励ましである。論じて評することから、我々はつい批評的観点から得々と改善点などを述べる場合もあるが、何の言葉が相手を傷つけるのかはわからない。言葉選びには慎重さが伴う。私も時々、辛口な指摘をすることはある。そんな時はこの日の悪夢の出来事を思い出す。そしてまた相手のやる気を引き出すような論評が出来たら、と思い描くのである。そういう意味ではこの日の出来事は貴重な体験だったと思う。
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by inv-pyramid | 2007-06-14 23:53 | 1998年