人はいかにして逆ピラミッドの境地へと達するのか。記憶の中のトーストマスターズの出来事をたどり、現在そして明日への指標を探る、ささやかな独白です(H2O, DTM)。


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[江戸編] 殺し文句

東京バイリンガルのクラブ予選に前後して、江戸クラブでもスピーチコンテストのクラブ予選が行われた。時に6月2日のことである。この頃はまだ全日本スピーチコンテストも6月に開催されていたので、梅雨といえば全日本コンテストのイメージが強い。実際この年も翌年もコンテスト当日は雨模様であった。

江戸クラブの予選への出場者は7名。結果は1位大嶋R氏、2位池田氏、3位梶谷氏と私。この頃のクラブ予選では、大嶋夫妻が出場した場合は、必ずどちらかが優勝という有様で、他の会員に出場の目はなかった。この頃は大嶋T氏は既に江戸を退会されていて、この日は審査委員長としての参加であった。既にはまクラブから全日本コンテストへ出場することが決まっていた。

6月といえば次期役員を決める季節でもあった。今はTMのルールに従って5月に役員選挙を行っているが、この頃はコンテストと同じく1ヶ月ずれで役員改選を行っていた。この日の例会の少し前の2次会で、私は大嶋R氏と現会長の庄司氏より次の会長就任を要請されていた。私はその器ではないから、と丁重にお断りしたが、「小原さんしかいない」と執拗に迫られて、断りきれない状況に追い込まれた。確かに順番的には私の番かな、という空気はあった。私はどちらかといえば縁の下の力持ち的立場の方が合っていて、トップを張る人間ではない。ただこの頃のクラブの陣容を考えれば私が就任するのが妥当な選択肢であったとも思う。入会順では上から4番目で古株の部類であった。「小原さんしかいない」と言われれば、そうかも知れないと思わざるを得なかった。
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by inv-pyramid | 2007-05-27 19:39 | 1998年