人はいかにして逆ピラミッドの境地へと達するのか。記憶の中のトーストマスターズの出来事をたどり、現在そして明日への指標を探る、ささやかな独白です(H2O, DTM)。


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[東京BL編] 4度目の誘惑

東京バイリンガルクラブに入会したのは、1998年4月15日のことである。最初の見学から3回連続で例会に参加した後、3回ほどパスして4度目の見学に臨んだ。ゲスト見学は3回までというルールについてはこのクラブでは特に言及されていなかったように思うが、例会の最後で4回目の訪問であることを告げると、当時の会長だったパイザー氏はすかさず4度目の見学なら会費を払え、と英語で言い放った(英語パートでの発言だったので)。もちろん私は入会の意志を持っていたのでこれに応じたが、流石に会員の3分の1を外国人が占めるバイリンガルクラブであるが故か、江戸クラブにはない厳しさをも感じた。

さらに驚いたのが、その場でいきなり次の会の英語パートの今夜のトーストマスターに指名されたことである。当時の東京バイリンガルでは入会式は行っていなかった。江戸クラブも同様である。だから入会式が行われないことに関しては特に疑問はなかったが、会費を払ってもいないのに、すかさず司会役に指名するあたりは少々乱暴な気もした。当時の東京バイリンガルの役割の決め方は、教育担当が役の割り当て表を回覧して希望を募るというのが基本だったが、今夜のトーストマスターについては毎回例会の最後に、パイザー会長がコの字型に配された座席を内側から回って、ハンカチ落としの要領で次回の今夜のトーストマスターを指名するという、非常に緊張感の高まる儀式で決めていた。外国人主導のクラブとはこんなものか、というのが当時の私の偽らざる感想だった。

とはいえそんな所に江戸クラブにはない魅力を感じて、2つ目のクラブへの入会が決まった。この日は私が重籍会員=Dual Member としての一歩を踏み出した記念すべき日なのである。
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by inv-pyramid | 2007-05-26 02:06 | 1998年