人はいかにして逆ピラミッドの境地へと達するのか。記憶の中のトーストマスターズの出来事をたどり、現在そして明日への指標を探る、ささやかな独白です(H2O, DTM)。


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[東京BL編] 華麗なる例会

さて、前置きが長くなったが初参加の時の東京バイリンガルクラブ例会について少し振り返ってみたい。初参加の例会は英語が先で日本語が後だった。英語の部の司会はなんと大嶋T氏、そして英語スピーチに大嶋R氏の名前がクレジットされていた。大嶋夫妻の英語は今までに拝聴したことがなかったので、これは大いに楽しみであった。英語の部のもう一人のスピーチは電機メーカーで翻訳の仕事をされている久利氏で、ちょうど私の隣に座られていたので、例会前に色々とお話を伺った。この時のエピソードは後にコンテストスピーチのアイディアとなったが、久利氏は初対面の私に対してしきりと「eメールアドレスはお持ちですか」と尋ねてきた。その頃の私はパソコンから少し遠ざかっていた時期だったので、メールなどしたこともなかった。ちょっとした浦島太郎の気分であった。

スピーチに関しては日本人の2名に対して論評は共にカナダ人のアーバクル氏とマッキンタイア氏で、グラマリアンにはパイザー会長という豪華布陣で、英語でのTM初体験の私としては少なからずカルチャーショックを受けていた。続いての日本語の部ではさらなるサプライズで、なんと私が欠席の論評者に代わって論評をすることになった。ちなみに誰の代役かといえば、コンテスト常連の大学教授コール氏の代役だった。司会役の玉井氏は私を紹介する際に「ベテランの小原さん」と述べられたので、私もかなり緊張した。この猛者たちの前で論評に入るとは何たる不覚、もとい幸運かという所で私もいい論評をしようと思って言葉が滑ったりした。ちなみに私が論評した相手は東京バイリンガルには比較的少なかった若手日本人男性の福重氏であった。もう一人のスピーチはパイザー会長で、前日江戸で披露したスピーチ「ありがとう おばあちゃん」を再度行っていた。私は完全に東京バイリンガルの例会の雰囲気に呑まれていた。TMでこの様な体験をすることはこの後も何度かあるが、ただ人数が多いだけではなく、そこに参加している人の多様性による所が大きいと思う。

この回のゲストの中に、東京クラブの榊原氏がいた。後に江戸にも入会され会長も務められたヨーガ道場主である。東京バイリンガルクラブとの邂逅によって私のその後のTMライフが劇的に変わったのは間違いない。それ故この回こそはまさに記憶に留まる華麗なる例会であった。
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by inv-pyramid | 2007-02-10 01:25 | 1998年