人はいかにして逆ピラミッドの境地へと達するのか。記憶の中のトーストマスターズの出来事をたどり、現在そして明日への指標を探る、ささやかな独白です(H2O, DTM)。


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[東京BL編] 黄金の日々(承前)

東京バイリンガルクラブの創立は以前も書いたが1993年である。したがって私が参加した時点で既に創立5年が経過していた。創立時のことはよく知らないが、東京クラブの有志が立ち上げたということは聞いている。江戸や関東と同じいきさつである。東京クラブは日本で2番目に古い由緒あるクラブで、1998年時点でもまだ関東におけるTMの中心クラブとしてその名を轟かせていた。その東京クラブとは後に合同例会を行うことになったが、親クラブと並んでもまったく遜色のない雰囲気が当時の東京バイリンガルにはあった。

私が参加した時点の東京バイリンガルには大きくわけて3つのグループがあった。まず外国人及び帰国子女を中心とした英語ネイティヴの面々。彼らこそは当時の東京バイリンガルの顔ともいえる集団で、やはり英語を扱うクラブとしては英語を普通にやり取りできる方々がいた方がゲストには受けがよかった。2つ目は若いビジネスウーマンのグループ。英語の勉強というのは働く若い女性たちにとっては必須のスキルなのだろうか、ネイティブグループとは負けず劣らずの勢力があった。そしてもう一つが純粋に英語を勉強したいという年配者のグループ。その熱意は前2者にひけをとらないものがあった。そのような個性派集団をまとめるのは至難の業にも思えたが、会長のパイザー氏は米国人らしい合理性で割り切ってやっているように私からは見えた。

時間に囚われないというアバウトさを除けば、会員のモチベーションも高く、スピーチのレベルも高い東京バイリンガルクラブに私はただ魅了されるだけであった。
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by inv-pyramid | 2007-02-09 00:40 | 1998年