人はいかにして逆ピラミッドの境地へと達するのか。記憶の中のトーストマスターズの出来事をたどり、現在そして明日への指標を探る、ささやかな独白です(H2O, DTM)。


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[江戸編] 200回の峠を越えて

先ごろ武蔵クラブが200回記念の例会を行ったばかりであるが、江戸クラブは1998年初頭に200回例会を迎えた。記録の上では2月3日の節分の時が200回になっているが、後日改めて確認し直した所では、1月20日の199回が200回であった。しかしここでは、200回記念として行われた節分例会を第200回としておきたい。なお現在までカウントされている回数はこの時修正されたものをベースとしているはずであるが、例会回数というものはどこかでずれが生じるものなので、必ずしも今の回数が正確とは限らない。

江戸クラブにおける200回は一つの節目で、正に峠であった。この頃の入会者は口コミ系が多く、そのほとんどは大嶋R氏が連れて来られた方々だった。例えば開発技術者の佐藤氏やコンサルタントの大川氏は企業家セミナーでの知り合い、武田氏は東京バイリンガルのパイザー会長の婚約者、など。ネクタイ姿の会社員の姿は減りつつあった。アットホームといえば聞こえはいいが、どこかこじんまりとした雰囲気があった。そして200回の前後にはいくつかポイントとなる出来事があった。

199回例会では、ゲストのパイザー会長が「ありがとう!おばあちゃん」という題で基本#10のスピーチをしている。これは婚約者である武田氏の実家を訪れた際のエピソードを披露したもので、スキンヘッドのパイザー氏が武田氏との婚姻の了承を得るまでを語ったのが微笑ましかった。続く200回例会では、同じく東京バイリンガルのマッキンタイア氏がJTC日本語担当教育副会長として挨拶に訪れた。この回では大嶋R氏も江戸クラブの歴史を披露された。15周年記念誌で私が作成した年表はこの時配布されたものをベースとしている。この回唯一のスピーチだった新会員大川氏のアイスブレーカーは「自立型企業とは何か」というプレゼンのようなスピーチで、およそ本来の基本#1の趣旨からはほど遠いものであった。

私が東京バイリンガルを初めて訪問したのは199回の後である。そして200回の後に一つの事件が起こった。
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by inv-pyramid | 2007-02-06 02:08 | 1998年