人はいかにして逆ピラミッドの境地へと達するのか。記憶の中のトーストマスターズの出来事をたどり、現在そして明日への指標を探る、ささやかな独白です(H2O, DTM)。


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伏線

1997年は今にして思えば翌年以降の活動への伏線が色々とあったと思う。例えば私は96年11月から97年12月までマニュアルの課題スピーチはしていない。その1年間にしたスピーチといえば、2回のクラブ内コンテストでのスピーチのみである。例会には毎回出席していたが、新人の台頭と教育担当による役の割り当ての重複などにより、たまたま私にスピーチのお鉢が回ってこなかった、としか思えない状況であった。ちなみにこの年の9月の半期更新時の実績は、会員数23、男性15、女性8で、内休会は6、新人12である。実に半数がこの年の新入会員で、毎回のスピーチの課題も#1~3あたりになることが多かった。私は翌年東京バイリンガルクラブへ入会することになるが、それはスピーチをする機会を求めてという部分もあった。会員数が多くなるということは、クラブとしては活性化にもつながるが、同時に役の割り当て、とりわけスピーチの機会が減ることをも意味する。近年クラブ数の増加と共に、2つ以上のクラブへ所属する人が増えている傾向はまさにそれが理由である。

東京バイリンガルクラブへは既に大嶋夫妻が入会していた。東京バイリンガルの面々が度々江戸クラブを訪れ、活動の情報が入る機会が多くなったことで、私も興味を持ち始めていた。9月にははまクラブとの合同例会の機会があったが、ここでも東京バイリンガルのパイザー会長(後の武蔵クラブ会長)がスピーチをしたりと、東京バイリンガルのメンバーとの交流が俄かに加速し始めていた。ちなみに大嶋T氏はこの年のはまクラブ会長もされていた。江戸への出席率が落ちたことから、土曜開催のはまクラブへ入会したとのことで、後に完全移籍することになる。大嶋T氏は横浜クラブや東西クラブにも参加されていた。野島氏も大嶋T氏の後を追うようにはまクラブへ入会した。

この様に古参会員は新たなる活動の場を他クラブへ求めるようになった。TMの逆ピラミッドの理念からすれば、古参会員は新会員を守り立てるべく下からサポートする立場に回るのが本来あるべき姿であるが、その境地に達するには今しばらくの猶予が必要であった。まだマニュアルへの取り組みも日本語マニュアルの範囲に留まっていた時代である。TMの理念を理解するには、更なるTMマニュアルへの取り組みとそのための情報の入手が不可欠だった。
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by inv-pyramid | 2007-01-07 23:49 | 1997年