人はいかにして逆ピラミッドの境地へと達するのか。記憶の中のトーストマスターズの出来事をたどり、現在そして明日への指標を探る、ささやかな独白です(H2O, DTM)。


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流れる水は腐らず

7月1日はトーストマスターズの年度始めである。この年は1日がちょうど第1火曜日で、年度始めの日がクラブの年度初回例会となった。第190回である。奇しくもこの日は香港が英国から返還された日でもあった。

年度初めの恒例行事は新役員就任式である。この日はJTC日本語教育担当副会長として、東京バイリンガルクラブのマッキンタイア氏が同クラブの町田氏を伴ってゲスト参加され、就任式の進行を務めた。他のゲストとしては有楽町クラブから名を改めたさくらクラブより梶谷氏(後に入会)、韓国人2名、日本人3名の参加があり、新旧役員も揃っていたので、大人数での例会となった。

新会長は私より半年遅れで入会された庄司氏で、営業部長という要職にあり、またお住まいが湘南方面で遠方だったにも関わらず、熱心に参加されていた。会長職を務められてからは、仕事が現場関係になられたとの事で、例会に顔を見せることも少なくなったが、2000年の全日本スピーチコンテストでは見事優勝を飾っている。庄司氏のスピーチは声の抑揚のつけ方が独特で、年長者らしく聞かせる内容が多く、それでいてあまり説教臭さがない所が持ち味で、私の目指すスタイルの一つだった。10代目の会長であった。

この翌年度に私が会長になるわけだが、この日のテーブルトピックで私に対して「もし新会長に指名されたら」という出題が出されている。これも何かの因縁だろうか。もちろんこの時は自分が会長になるなどとは思っていない。ただ前にも書いた通り、この頃は会員の入れ替えが激しく、江戸クラブ黎明期のメンバーは大嶋R氏のみで、私が入会した頃のメンバーも数名しか残っておらず、初期の江戸クラブの残り香を漂わせながら、会の中心が次の世代へ移行しつつある時期であり、このまま残っていればいずれは私にもお鉢が回ってくることは必然とも言えた。

「流れる水は腐らず」という形容がこの時期には相応しい。翌年度以降はさらなる激変が待ち受けていたのだから。
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by inv-pyramid | 2007-01-07 22:11 | 1997年