人はいかにして逆ピラミッドの境地へと達するのか。記憶の中のトーストマスターズの出来事をたどり、現在そして明日への指標を探る、ささやかな独白です(H2O, DTM)。


by inv-pyramid

プロフィールを見る
画像一覧

S M T W T F S
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31

カテゴリ

2000年後半
2000年前半
1999年後半
1999年前半
1998年
1997年
1996年
1995年
1994年
1994年以前

以前の記事

2012年 09月
2010年 09月
2010年 08月
2010年 05月
2010年 04月
2010年 01月
2009年 11月
2009年 09月
2009年 08月
2009年 07月
2009年 06月
2009年 04月
2009年 01月
2008年 11月
2008年 10月
2008年 09月
2008年 08月
2008年 07月
2008年 06月
2008年 05月
2008年 04月
2008年 03月
2008年 02月
2008年 01月
2007年 12月
2007年 11月
2007年 10月
2007年 09月
2007年 08月
2007年 07月
2007年 06月
2007年 05月
2007年 03月
2007年 02月
2007年 01月
2006年 12月
2006年 11月
2006年 10月
2006年 09月
2006年 08月
2006年 07月
2006年 06月
2006年 05月

フォロー中のブログ

津田沼トーストマスターズ...
Utsunomiya T...
話し方で四季を彩る 大田...
調布フリーフライトトース...

メモ帳

最新のトラックバック

検索

その他のジャンル

ファン

記事ランキング

ブログジャンル

画像一覧

雌伏の時

1996年後半、トースト年度としては前半となるこの時期、個人的には新生活をスタートさせて至福の日々だったが、江戸クラブには目立った動きはなく、懇親イベントなどが行われることもなく、今ひとつ盛り上がりに欠けた例会が続いていた。雌伏の時であった。

クラブの魅力的なプログラム作りの中心となるのは教育担当副会長である。当時の教育担当は営業の仕事をされていた庄司氏で、忙しい最中例会計画を立てておられたが、毎回型通りに終始していた感は否めなかった。現在の様にトーストマスターズのシステムに関する情報交換の機会も少ない中では、何らかのアドバイスなしでは教育プログラムも単調になりがちで、一部のベテランに寄りかかり過ぎのきらいもあった。

その年の暮れになり、恒例のクリスマスミーティングが近づいてきた。田辺会長からは私にある指令が下った。それは恒例の持ち寄りプレゼントの交換は止めて何か他の工夫をして欲しいというものだった。曰く、500円程度の(しょぼい)プレゼントを交換して何の面白みがあるのか、というこの人独特の視点でのご意見で、私はこの指示に従った。特に反対する理由もなかった。私が考えたのは、会費で3種類程度の景品(文具)を購入し、それをくじ引き形式の全員指名テーブルトピックで、指名された人にくじを引いて貰ってその番号と一致した番号の景品をトピック終了後に差し上げるというものだった。ちなみに文具の購入先は銀座の伊東屋で、直前の日曜に外出した際に買い求めた。クリスマスミーティング自体は5名のゲスト参加があり、翌年から会員になった方も何人かおられた。

振り返れば1996年は個人的に目まぐるしい変化が訪れた年で、江戸クラブに対する印象は薄い。基本マニュアルが修了して新たな目標を模索する必要にも迫られていた。
[PR]
by inv-pyramid | 2006-11-19 00:13 | 1996年