人はいかにして逆ピラミッドの境地へと達するのか。記憶の中のトーストマスターズの出来事をたどり、現在そして明日への指標を探る、ささやかな独白です(H2O, DTM)。


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東京バイリンガルクラブの台頭

この年の6月、恒例の江戸、はま合同例会が横浜産業貿易センターにて開催された。今回はここ最近台頭著しい東京バイリンガルクラブや名古屋からのメンバーを交えて賑やかに行われた。

東京バイリンガルクラブは1993年に設立されたクラブで、1回の例会の枠の中で日本語と英語の例会を1時間ずつ行うというスタイルを取っていた。日英のバイリンガルクラブといえば名古屋が老舗だが、こちらは月2回の例会の内1回が日本語、もう1回が英語というスタイルで、2時間の例会を日本語と英語の2つに分けるというやり方は東京バイリンガルが初めてだった。このやり方は現在のやまのて、大和バイリンガルが継承している。

江戸やはまとは当初は交流がなかったが、JTCでの活動を通じて相互の交流が活発になり、今回の合同例会につながった。日本語を扱うトーストマスターズとしては当時最も勢いのあったクラブで、我々も大いに刺激を受けた。

この合同例会で私は「ワーカホリック症候群」なる題で基本#8説得力を持って話せの課題に取り組んだ。20代の頃のハードワーク体験を同僚の過労死に直面した時に感じたことなどを織り交ぜて話したが、内容が重すぎたのか場内が静まり返っていた記憶がある。この時の論評は名古屋の大御所の山中氏。私が尊敬するTMメンバーの一人で、ディビジョンガバナーも務められ、初期の台湾との交流にも尽力された。この合同例会がその山中氏との記念すべき初顔合わせとなった。
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by inv-pyramid | 2006-10-27 21:01 | 1996年