人はいかにして逆ピラミッドの境地へと達するのか。記憶の中のトーストマスターズの出来事をたどり、現在そして明日への指標を探る、ささやかな独白です(H2O, DTM)。


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ほとぼりが冷めるまで

1996年初頭の江戸クラブは、会場係の私が休会したことで著しく混乱したらしい。野島会長からは何度か復帰を促す手紙が届いた。この時期は会社の繁忙期ということもあり、私はしばらく様子を見ることにした。

この間の江戸クラブはといえば、1月の例会では論評コンテストのクラブ予選が行われた。モデルスピーチには有楽町クラブ(現さくらクラブ)の児玉J氏が招待された。有楽町クラブは英語クラブで、児玉氏は何度か江戸の例会にゲスト参加されていた。

2月10日(土)はその本大会が横浜の産業貿易センター内の神奈川国際交流協会にて開催された。はまクラブの運営である。翌日は横浜駅前ジャストホールにて、江戸運営によるディベートワークショップ及びコンテストが開催された。前年に引き続きの運営で、当時はいかにディベートのイベント開催が重要な位置を占めていたかがよくわかる。この頃のディベートの推進役ははまクラブの田中氏で、教育関係団体で行われていたディベートの資料などを元に、ディベートの普及活動を行っていた。

そして4月には1年の締めくくりである全日本スピーチコンテストが熊本で開催された。江戸からの出場者は野島会長、審査員として大嶋R氏が参加された。優勝は東京バイリンガルクラブのジャンゼンバーグ氏で野島氏は3位だった。この頃は熊本でも毎年何がしかのコンテストが開催されていた。それは日本語クラブが全国でまだ7クラブで、持ち回りでコンテストを運営していたからだった。熊本でコンテストが開催されなくなって既に数年が立つ。寂しい限りである。
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by inv-pyramid | 2006-10-22 23:07 | 1996年