人はいかにして逆ピラミッドの境地へと達するのか。記憶の中のトーストマスターズの出来事をたどり、現在そして明日への指標を探る、ささやかな独白です(H2O, DTM)。


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全日本スピーチコンテストinアメリカンクラブ

1995年の全日本スピーチコンテストは、6月24日東京アメリカンクラブで行われた。JTC時代はまだ秋季大会、春季大会の様な形で年次大会は行われておらず、毎年6月にスピーチコンテストと総会を行うのみだった。また日本語と英語のコンテストは別々に行われていて、たいていは英語のコンテストの1,2ヶ月前に日本語のコンテストが行われていた。ただ、この年は珍しく日本語と英語が同じ日に同じ場所でコンテストを行った。午後がはまクラブ運営での日本語コンテスト、夜が東京クラブ運営での英語コンテストだった。

アメリカンクラブでのコンテストは、丸テーブルを6個ほど並べての会食スタイルだったが、日本語コンテストはお茶とお菓子のみだった。私は全国レベルのコンテストには参加したことがなく、カジュアルな格好で遅れて参加したが、中に入ったら格式の高そうな会場の中でみな正装で着席していたので、場違いな所へ来てしまった、というのが正直な気持ちだった。出場者は全部で6名で、関東地区の他、名古屋、熊本からの参加もあった。硬派なスピーチもあればユーモアのあるスピーチもありで、コンテスト独特の緊張感をたっぷりと味わった。もちろん会場が治外法権下にあるアメリカンクラブということも手伝っていた。

優勝は横浜クラブから出場した梅原氏「自由って何?」。時折見せる神がかったような表情が印象的な方で、信ずるものは救われる、というようなことを訴えられていた。スピーチに引き込まれる、という感覚を初めて味わった。私にとって決して忘れることのできない話し手である。江戸から出場した田辺氏はここでも唯一の女性出場者で、見事3位入賞を果たした。

一部のはまのメンバーはそのまま夜の英語コンテストに参加し、その他のメンバーはコンテスト終了後はアメリカンクラブを後にし、当時まだできて間もない恵比寿ガーデンプレイスに繰り出した。その後のことは知らない。
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by inv-pyramid | 2006-09-20 00:36 | 1995年