人はいかにして逆ピラミッドの境地へと達するのか。記憶の中のトーストマスターズの出来事をたどり、現在そして明日への指標を探る、ささやかな独白です(H2O, DTM)。


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新たなる潮流

1995年といえば、ウインドウズ95が発売された年である。それまでパソコンといえばPC98が圧倒的多数で、しかしそれでもパソコンユーザーはまだまだ少なかった。江戸クラブでも例会プログラムは手書きとワープロでの作成が半々ぐらいで、またワープロも現在の用に多数の書体を使えるものではなかったので、画一的で平板な文字によるものが多かった。本格的なインターネットの活用は次のウインドウズ98の到来まで待つ必要があった。今日のようなメールでのやりとりなどまだまだ考えられない時代だった。

江戸クラブのメンバー構成も微妙に変わりつつあった。創立初期は外国人会員が多かったわけだが、外国人は徐々に減り始め日本人主体のクラブになりつつあった。私の入会時で外国人は3人、この時点では会長の朴氏一人になっていた。代わって台頭してきたのが女性会員である。これはやはり前年の日経ウーマン誌への広報効果が大きく、95年に入ってからは例会の男女比の割合が、4:6、5:5、6:4など、女性が占める割合が増えてきた。女性の社会進出がクローズアップされていた当時の社会情勢をよく反映しているとも言える。

女性が増えると会の雰囲気も変わるもので、特にスピーチなどは女性好みのネタが多かった。比較的多い話題が結婚ネタで、自分の見合い話経験や結婚します、しました宣言をスピーチの中でする方もいた。私はこの状況に少なからず危機感を覚えていた。次年度の役員構成が女性5、男性2となったことでその思いはさらに強くなった。このまま女性主体のクラブになるのではないかと思えたほどである。新たなる潮流の訪れを予感した。
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by inv-pyramid | 2006-09-16 23:59 | 1995年