人はいかにして逆ピラミッドの境地へと達するのか。記憶の中のトーストマスターズの出来事をたどり、現在そして明日への指標を探る、ささやかな独白です(H2O, DTM)。


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聴能言語士と運命の出会い

私が江戸クラブに入会した1994年というのは、例会以外のイベントが非常に多い年だった。元来好奇心旺盛な私はそのどれもに参加した。トーストマスターズをベースとして、色々な世界を知るきっかけとなったその最初のイベントが、大宮で開催された「日本聴能言語士総会ワークショップ」。聴能言語士(現在は言語療法士)とは、障害があって言語機能が正常に働かない人の言語治療に携わる医療技術者のことで、その総会が大宮で開かれていた。なぜその総会に江戸クラブが参加したのかといえば、当時筑波クラブのメンバーで、新たに浦和に埼玉クラブを立ち上げようとしていた梅本氏がその聴能言語士で、その総会にトーストマスターズのワークショップを組み込むことを企画されたからだった。ワークショップには江戸クラブ、はまクラブの日本語クラブの面々を中心として、ディベートの井上氏などの英語クラブの有力者も参加していた。

このワークショップに参加するまで私は聴能言語士のことなどまるで知らず、大いに勉強になった。また江戸以外の日本語クラブであるはまクラブの面々と会うのも初めてのことで、はまクラブの人たちともこれ以降よく付き合うようになった。そして梅本氏との出会いは、この後のことを考えると正に運命の出会いで、梅本氏とは数年後武蔵の設立で一緒に活動することになるのだが、この時はもちろんそんな展開になるとは思いもよらなかった。

肝心のワークショップだが、トーストマスターズの説明に始まり、モデル例会を行った後、「聴能言語士の仕事にトーストマスターズをどう生かせるか」をテーマとしたグループディスカッションの実習を行った。ここでの私の役割はまたもえーとカウンターだった。トーストマスターズの活動は、言語士のみなさんには好意的に受け止められたが、自分たちとの仕事との関連という点では、似て非なるものという感想を述べられた方が多かった。それは言語士の仕事が患者の話を聴く方に重点が置かれているかららしく、自分が話す方が主体のトーストマスターズとはちょっと違うと思われたからかも知れない。

しかしながら、今でもこうしてあの時のことを鮮明に覚えているということは、私にとってとても有意義なひとときであったに違いない。
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by inv-pyramid | 2006-08-14 02:05 | 1994年