人はいかにして逆ピラミッドの境地へと達するのか。記憶の中のトーストマスターズの出来事をたどり、現在そして明日への指標を探る、ささやかな独白です(H2O, DTM)。


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ディベートの洗礼

さて、初見学に続けて3月の第3火曜日の例会も見学した。手元の控えでは119回例会とある。今回はディベート勉強会。前回のスピーチコンテストに続いて2回連続での特別プログラムである。最近の例会の風潮として、スピーチマラソンなど個人の課題スピーチばかりを進める傾向が目に付くが、当時は何回かに1回は特別なプログラムがあった。それはまだ、日本のトーストマスターズが国際本部から正式な地区として認められていなかったという時代背景もあるだろう。正式な地区、日本支部として認定された現在では、それに伴い上級トーストマスターを年間数百人も認定せよ、というノルマが課せられるため、勢い個人のスピーチプロジェクトの消化が例会の活動の中心になる。それを否定はしないが、トーストマスターズのプログラムはもっと幅広い。昔の方が柔軟に活動できていたように思うのは私だけだろうか。

話が横道にそれたが、この日私はディベートというものを目の当たりにした。2組のチームがある論題に対して肯定側と否定側に分かれ、立論、尋問、最終弁論という流れで論陣を張る論戦の場。いかにも訴訟社会のアメリカで発達したような議論の手法は、私の目には新鮮に映った。この日の論題は「日本政府は1994年に関税を撤廃し、食用米の輸入を自由化すべきである」。当時の時代背景が偲ばれる。大嶋夫妻に野島、鹿野といった当時の江戸の論客たちによる舌戦は熱がこもり、これがディベートか、と見る者を納得させる迫力があった。と同時に最後に審査で肯定側、否定側どちらかが勝利を収めるという終わり方には釈然としないものも感じた。しかしこれは法廷などで最後に判決が下されることを考えればしごく当然なことなのだろう。2つのチームがそれぞれの意見を戦わせ、最後は第3者が判定を下す。この日以後、私はトーストマスターズにおいて何度かディベートに関わることになる。その記念すべき初日がこの日となった。
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by inv-pyramid | 2006-06-08 00:30 | 1994年