人はいかにして逆ピラミッドの境地へと達するのか。記憶の中のトーストマスターズの出来事をたどり、現在そして明日への指標を探る、ささやかな独白です(H2O, DTM)。


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なぜ、江戸なのか

私と江戸クラブとの出会いは1994年であるが、江戸クラブ自体は1988年から活動を始めていた。江戸クラブは関東の日本語クラブとしては歴史が古いが、江戸クラブが活動を始めた時には、既に愛知県に名古屋、春日井、愛知の3クラブが、また熊本県に熊本クラブが存在していた。ここでは江戸クラブ誕生のいきさつについて少し触れておきたい。

日本で一番古いトーストマスターズといえば、東京クラブと福岡クラブの2つの英語クラブで、ほぼ同時期に設立され50年以上の歴史を持っている。江戸クラブはその東京クラブから枝分かれしたクラブである。当時東京クラブに在籍していた外国人が日本語の勉強のために外国人のための日本語のクラブを作りたい、というのが話の始まりで、それに賛同した日本人の協力を得て、活動が始まったとのこと。ちなみに私は現在宇都宮で新クラブの立ち上げに奔走しているが、この江戸クラブの発起人とも言えるアメリカ人が宇都宮近辺で英語を教えているという事実を最近知った。

というわけで設立当初は外国人会員の方が多かったそうで、今の江戸クラブの状況からすれば信じられないだろう。後に私が設立に関わった武蔵クラブも同じような経緯を持っている。「江戸」という名前の由来は母体となった東京クラブに対するもので、外国人の日本文化への想いも反映されているのだろう。例会も東京クラブが大手町の三井物産ビルで行われていたのに対して、江戸クラブは博報堂の会議室で行われていた。千駄ヶ谷に移ったのはずっと後の話で、その間は場所を転々としていた。その間のいきさつは、私が編集した江戸トーストマスターズクラブ15周年記念誌にまとめてあるので、ここでは省略するが、活動を開始して正式なトーストマスターズクラブとして、アメリカの国際本部の認証(チャーター)を受けたのは、1年後の1989年のことである。であるから私が始めて見学に訪れた時は、認証後5年目のことになる。その時点での外国人会員はアジア人も含めて3名だった。

クラブも5年を経過すると顔ぶれも変わるもので、創立時のメンバーはほとんど残っていなかった。しかし、私も知らない創立時のメンバーとは以後時折顔を合わせる機会が何度かあった。私も江戸クラブ創立時の資料、とりわけクラブ認定証については折に触れ探しているが、未だに見つからない。それだけ、このようなクラブを長年に渡り維持するということは大変なことなのだと思う。
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by inv-pyramid | 2006-06-04 02:16 | 1994年以前