人はいかにして逆ピラミッドの境地へと達するのか。記憶の中のトーストマスターズの出来事をたどり、現在そして明日への指標を探る、ささやかな独白です(H2O, DTM)。


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1994年、江戸・東京。

手元の記録では1994年3月1日とある。恐らくまだ寒い夕刻、私は千駄ヶ谷駅の改札を出たはずである。左手に東京体育館を見ながら、江戸クラブの例会会場である千駄ヶ谷社教館を目指した。まさかこの日から数年間、ここに通うなどとはまだ思っていなかった。もちろん逆ピラミッドの理念などは、この時点ではこれっぽちも頭の中にはない。鳩の森神社、もみじ茶屋のある5差路の風景は、現在とほぼ同じだった。

初めて訪れた江戸クラブでは、スピーチコンテストのクラブ内予選を行っていた。トーストマスターズでは毎年5月に全国のクラブが集まり、全日本スピーチコンテスト(現在は国際スピーチコンテスト)を開催している。その第1関門がクラブでのコンテストだった。審査員には、今をときめく井上氏が名を連ねていた。この頃はまだ日本語クラブにもよく顔を出されていた。

例会は千駄ヶ谷社教館の2階中会議室だった。現在もここで同じように例会が行われていることを考えると、感慨深いものがある。私は窓側の席に座った。クラブコンテストでは7、8人のメンバーが次々にスピーチを披露していた。大嶋、朴、間中、鹿野の各氏など当時の江戸クラブを支えていた方々は一人一人が個性的で、私はただ圧倒された。カルチャーショックと場違いな所へ来たという思い、そして興味深さとがない交ぜになった気持ちでトーストマスターズとの邂逅は終わった。

この時はまだ、江戸クラブ以外に他のトーストマスターズがあること、英語のクラブがあることなどは知らなかった。初めて参加したクラブが日本語クラブだったということは、その後の私の歩みを考えると、幸せなことだったのかも知れない。今も昔も私にとっては、トーストマスターズ=日本語クラブ、否、母国語クラブなのだから。
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by inv-pyramid | 2006-06-01 01:09 | 1994年