人はいかにして逆ピラミッドの境地へと達するのか。記憶の中のトーストマスターズの出来事をたどり、現在そして明日への指標を探る、ささやかな独白です(H2O, DTM)。


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[鎌倉編] 古都鎌倉でのクラブ立ち上げ

Leadership クラブの第1回例会から1週間後の11月18日(土)14時より、鎌倉商工会議所で鎌倉クラブの第1回例会が行なわれた。発起人は湘南の岡本氏や松見氏ら、湘南クラブの有志の方々であった。鎌倉クラブの立ち上げについては、9月23日に行なわれたディストリクトの役員研修会で、岡本氏が新クラブ立ち上げのモデルケースとしてその経緯を発表されていた。全く同時期にクラブ立ち上げの準備に勤しんでいた私としては、大いに触発される内容であった。スポンサークラブは湘南ではなく東京フェニックスとのことで、P藤山氏と大町氏がメンターに名を連ねていた。従って第1回例会の役割配分も東京フェニックスのメンバーが中心であった。
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当日は13時30分開場。鎌倉散策には程よい日和で、鎌倉駅から緩い坂を上る感じで商工会議所へ向かった。岡本氏が会議所の外で、参加者を会場内へ誘導されていた。中は既に大勢の参加者で埋まっており、まるでコンテスト会場の様な雰囲気であった。岡本氏に聞いた話では、地元新聞社に何十回と足を運び、例会の案内記事が掲載されたとのことであった。

会長は松見氏とのことで、松見氏がまず開会の挨拶。続いて大町氏が祝辞を述べ、司会の川村氏へと繋げた。神奈川のクラブは大体同じやり方なのだろうか、ここでも GRAHCO が採用されていた。Joke は花田氏。次のテーブルトピックスは滝本氏。
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スピーチは堀氏とキルパラニ氏。堀氏は上級の笑わせるスピーチ、キルパラニ氏は何とアイスブレーカーで、第1回例会ということならアイスブレーカーの方が先なのではないか、と心の中で思いながら二人のスピーチを聴いていた。
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休憩後の論評は、総合論評が田園都市の岡崎氏、個人論評が鎌倉では教育担当の貞安氏と、田園都市の富田氏。デモ例会の部分は表彰まで含めて90分で、その後日本語による入会説明が行なわれた。この後目にした光景は今でも忘れられない。入会金4000円、会費半年7200円で、合わせて1万円をこの場で支払えば新会員キットを渡すという説明がされた瞬間、受付の真後ろに座られていた女性がすかさず財布から1万円を引き抜き、キットを受け取られたのである。何かの即売会と間違えられそうだが、需要と供給の思惑が一致すればこの様なことも有り得るということだろう。これは新クラブ立ち上げのエピソードとして後々までの語り草となった。

鎌倉クラブは当初は月1回開催ということであったが、広報が良かったのか、順調に会員を集めて僅か3ヶ月でチャーターを果たした。同じ頃、古都京都でもクラブ立ち上げが始まろうとしていた。世紀の変わり目に2つの古都でクラブが立ち上げられ、同じように短期でのチャーターを果たしたのは何かの因縁だろうか。

余談だが、私はこの日キルパラニ氏と途中まで一緒に帰り、帰りの電車の中で新クラブ立ち上げの話をしていた。キルパラニ氏にクラブ立ち上げの考えはあるかと尋ねた所、地元の目黒区ではいつかやってみたいとのことであった。中目黒スクエアという会場があることをこの時教えて頂いた。この時の話にヒントを得て私が中目黒でやまのてクラブを始めたのが1年後のことであった。
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by inv-pyramid | 2010-05-16 23:50 | 2000年後半