人はいかにして逆ピラミッドの境地へと達するのか。記憶の中のトーストマスターズの出来事をたどり、現在そして明日への指標を探る、ささやかな独白です(H2O, DTM)。


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[武蔵編] JTC最後のコンテストを目指して

この年度、1999-2000年度はJTC時代としての最後の年度であることは前にも述べたが、その最後を飾るコンテストの通知が私の元へ届いていた。日本語のスピーチコンテストは名古屋クラブの運営で、6月11日に犬山で開催、そして英語のスピーチコンテストは関西クラブの運営で、6月24日に神戸で開催ということであった。この内我々に関係あるのは日本語のコンテストだったが、英語のコンテストへも日本語クラブからの出場は可能ということで(現在と同じ)、それぞれのコンテストへ出場者を送ることになった。英語のコンテストについてはその前段にエリアコンテストがあるので、まずはそちらへ出場者を出すことになるのだが、これについてまた後述する。

さて、日本語のオールジャパンスピーチコンテスト(名古屋はバイリンガルクラブのため、表記にはやや英語色が漂う)に出場者を出すためのクラブ予選は5月11日の第38回例会で行なわれた。出場資格はこの時代は基本マニュアル#4まで修了していればよしとされていたので、例会に参加できる人で武蔵の有資格者は近藤K氏、梶村氏、佐藤氏の3人になった。私は翌週に江戸の予選もあったので、武蔵の方はコンテスト委員長に徹することにした。審査委員長は武蔵の会員でもある山下氏。

結果は1位梶村氏、2位佐藤氏、3位近藤K氏となったが、梶村氏と佐藤氏は犬山へは行けないということなので、近藤K氏が武蔵からの代表ということになった。1位の梶村氏は論評コンテストでも1位になったほどで、この頃の武蔵会員の中ではスピーチの安定感は抜群の方だった。全国レベルコンテストへ一度も出場されないまま、後に退会されたのは甚だ残念なことであった。近藤K氏は既に10本のスピーチは修了されていたので、実績は申し分なく、初出場となるコンテストに期待がかかっていた。
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by inv-pyramid | 2009-01-12 21:09 | 2000年前半